DATE2025.06.27 #Press Releases
ヒスタミン受容体のGタンパク質選択性の分子機構を解明
発表のポイント
- クライオ電子顕微鏡を用いて、ヒスタミン受容体とGタンパク質が結合した複合体の立体構造を複数決定しました。
- 得られた構造情報から、H4RがH1Rとは異なるリガンド認識機構・受容体活性化機構を有すること、受容体の「細胞内ループ2」がGタンパク質の選択において重要な役割を果たすことを明らかにしました。
- 本研究成果は、ヒスタミンによるシグナル伝達機構の理解を深め、ヒスタミン受容体を標的とした新たな抗炎症薬・抗アレルギー薬の開発への応用が期待されます。
H1R/H4R と各Gタンパク質との相互作用の模式図
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の松﨑悠真 大学院生、佐野文哉 特任助教、濡木理 教授、京都大学大学院薬学研究科の井上飛鳥 教授らの研究グループは、ヒスタミン受容体のうちH1RとH4RのGタンパク質(注1) 選択性の決定因子を解明しました。
本研究では、クライオ電子顕微鏡(注2) を用いて、ヒスタミン受容体とGタンパク質が結合した複合体の立体構造を複数決定しました。立体構造の比較と変異体解析(注3) や分子動力学シミュレーション(注4) を組み合わせることにより、H4RがH1Rとは異なるリガンド認識機構・受容体活性化機構を有すること、受容体の「細胞内ループ2」がGタンパク質の選択において重要な役割を果たすことを明らかにしました。 本研究成果は、ヒスタミンによるシグナル伝達機構の理解を深め、ヒスタミン受容体を標的とした新たな抗炎症薬・抗アレルギー薬の開発への応用が期待されます。
発表内容
ヒスタミンは、アレルギー反応、炎症、免疫応答などに関与する重要な生理活性物質です。Gタンパク質共役型受容体(GPCR)(注5) であるヒスタミン受容体にヒスタミンが結合すると、Gタンパク質が活性化され、細胞内にシグナルが伝達されます。これにより、ヒスタミンによる生理作用が引き起こされます。ヒスタミン受容体はH1R・H2R・H3R・H4Rの4種類が存在し、それぞれが異なる生理学的な役割を担います。例えば、H1Rは主にアレルギー反応に関与し、その阻害薬である抗ヒスタミン薬はアレルギーの治療に広く用いられています。また、H4Rは主に免疫細胞の制御に関わり、新たな抗炎症薬・抗アレルギー薬の標的として注目されています。また、それぞれの受容体は異なる種類のGタンパク質(Gs、GiまたはGq)と主に結合することが知られています。しかし、ヒスタミンという同じ分子を受容するにも関わらず、なぜ受容体の種類によって結合するGタンパク質が異なるのか、その詳細な仕組みは明らかになっていませんでした。
本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いてH4R–Gi複合体の立体構造を解明し、H1R-Gq複合体の立体構造と比較しました。さらに、これにより得られた知見を、培養細胞を用いた変異体解析、コンピューター上の分子動力学シミュレーションによって検証しました。その結果、H4RはH1Rと逆向きにヒスタミンを結合しており、リガンド認識機構が大きく異なることが明らかになりました。また、受容体の活性化に重要とされトグルスイッチと呼ばれるトリプトファン(W6.48)の動きも異なり、H4R特有の受容体活性化機構を有することもわかりました。(図1)
図1:リガンド認識機構と受容体活性化機構
H4R/H1Rのリガンド認識部位の分子モデルと受容体活性化機構の模式図。
さらに、H1Rが本来とは異なるGタンパク質(GiおよびGs)と結合した状態の構造も決定しました。H1RとH4Rの複数の複合体構造を比較し、変異体解析や分子動力学シミュレーションを組み合わせることで、受容体の「細胞内ループ2」がGタンパク質の選択において重要な役割を果たすことを明らかにしました。(図2)
図2 :細胞内ループ2とGタンパク質選択性
H1R/H4Rと各Gタンパク質との相互作用の模式図。
本研究成果は、ヒスタミンによるシグナル伝達機構の理解を深め、ヒスタミン受容体を標的とした新たな抗炎症薬・抗アレルギー薬の開発への応用が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
松﨑 悠真 大学院生
佐野 文哉 特任助教
濡木 理 教授
京都大学大学院薬学研究科
井上 飛鳥 教授
論文情報
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雑誌名 Communications Biology 論文タイトル Structural insights into ligand recognition and G protein preferences across histamine receptor著者 Yuma Matsuzaki, Fumiya K. Sano†, Hidetaka S. Oshima, Hiroaki Akasaka, Kazuhiro Kobayashi, Tatsuki Tanaka, Yuzuru Itoh, Wataru Shihoya, Yoshiaki Kise, Tsukasa Kusakizako, Asuka Inoue†, Osamu Nureki†
(† 共同責任著者)DOI番号 10.1038/s42003-025-08363-7
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)「生体環境でのGPCRの構造ダイナミクス」(課題番号:21H05037 研究代表者:濡木 理)、「クライオ電子顕微鏡法を用いたGPCR創薬研究」(課題番号:22H02751 研究代表者:志甫谷 渉)、日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」および「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ」の一環として、放射光施設などの大型施設の外部開放を行うことで優れたライフサイエンス研究の成果を医薬品等の実用化につなげることを目的とした「創薬等先端技術支援基盤ラットフォーム(BINDS)」などの支援により実施されました。
用語解説
注1 Gタンパク質
Gタンパク質共役型受容体(GPCR、注5 )から細胞内へのシグナル伝達を担う三量体のタンパク質複合体。Gs、Gi、Gqなどのサブタイプが存在し、下流に伝達するシグナルが異なる。↑
注2 クライオ電子顕微鏡
試料を急速凍結し極低温状態で観察する電子顕微鏡技術。自然に近い状態の構造を高い分解能で観察でき、タンパク質複合体などの立体構造解析に広く用いられている。↑
注3 変異体解析
タンパク質を構成する残基に変異を加え、その影響を測定する機能解析実験。その残基の役割を考察する際に有用である。↑
注4 分子動力学シミュレーションさ
コンピューター上で、タンパク質などの分子を構成する原子の動きを物理法則に基づいて計算し、その振る舞いや相互作用を再現・解析する手法。↑
注5 Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
細胞膜に存在する受容体で、小分子や光などの細胞外シグナルを結合すると、Gタンパク質を活性化することで細胞内にシグナルを伝達する。↑