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プレスリリース

DATE2021.07.13 #プレスリリース

3タイプの性別を藻類・菌類の同一種内で初めて発見:
相模川水系のボルボックス類に潜む両性型3番目の性(sex)

 

高橋 昂平(生物科学専攻 博士課程2年生)

東山 哲也(生物科学専攻 教授)

野崎 久義(生物科学専攻 特任研究員)

 

発表のポイント

  • 長期間にわたる相模川水系の湖沼のフィールド調査と培養・交配実験から緑藻プレオドリナの同一種がメスとオスに加えて両性型の3番目の性表現型を持つことを明らかにした。
  • メス、オス、両性型の3個の性表現が同一種に存在することは、シンプルな性決定システムをもつとされてきた藻類・菌類における初めての発見である。
  • メスとオスが分かれている種から両性型の種への進化の初期段階とも考えられ、交配実験から示唆された両性型決定因子の解明に大きな期待が持たれる。

 

発表概要

一つの種が3タイプの性を持つことはそれほど珍しくはありません。陸上植物や無脊椎動物では稀に「メス」、「オス」、「両性」個体が共存する種が認められています。しかし、藻類や菌類のようなシンプルなハプロイド(注1)の生物の有性生殖は種によって雌雄異株(ヘテロタリック)と雌雄同株(ホモタリック)の場合があり(注2)、前者は2種類の性(メス、オス)、後者は1種類の両性型の性を持つとされていました。

今回、東京大学大学院理学系研究科等の研究グループは相模湖川水系の湖の長期フィールド調査(図1)と培養・交配実験から、緑藻ボルボックス系列のプレオドリナ(注3)の1種がメスとオスに加えて両性型の3番目の性表現型を持つことを明らかにしました(図2)。メス、オス、両性型の3個の性表現が同一種に存在することは(図3)、シンプルな性決定システムともつとされてきた藻類・菌類では初めての発見です。

プレオドリナの本種はメスとオスが分かれている種から両性型の種への進化的初期段階とも考えられます。3個の性表現の分子遺伝学的基盤の解明と他種における長期間の同様の継続的研究が期待されます。

 

発表内容

プラトンの「饗宴」によれば太古のヒトは3種類の二体一身(男男、女女、男女)であったとされています(文献1)。このような3タイプの性(sex)表現が一つの種内に共存することは陸上植物や無脊椎動物の一部で認められており、雌雄異体種と雌雄同体種の進化的中間段階と解釈されています。しかし、藻類や菌類のようなハプロイドの生物では3タイプの性表現が同一種に存在する種は知られていませんでした。これらの生物の有性生殖は種によってヘテロタリックの場合とホモタリックの場合があり、前者はメスとオスが遺伝的に決まっていて(単性型)、ホモタリックの場合は同じ遺伝子型の細胞がメスとオスの両方の配偶子を作ります(両性型)。性の進化生物学的研究が活発に行われている緑藻ボルボックス系列では複数の系統でヘテロタリックからホモタリックへの進化が認められていましたが、その初期にどのようなことが起こっていたかは謎に包まれていました。

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の野崎久義准教授(当時)のグループは神奈川県の相模川水系の相模湖と津久井湖のフィールド調査によるボルボックス系列の緑藻類の研究を20年以上継続的に実施しています(図1)。

図1:手漕ぎボートで繰り出す神奈川県相模湖の調査。
事前に谷が原浄水場からプレオドリナの発生状況を得て、この時にサンプルから両性型のプレオドリナ・スターリーが得られている。2013年6月野崎撮影。

 

この間、2006年にはプレオドリナ・スターリー(学名:Pleodorina starrii)を新種記載し、本種のオス株からオス特異的遺伝子 ”OTOKOGI (PlestMID)(注4)を発見し、緑藻ボルボックス系列を用いた性の進化遺伝学的研究のブレークスルーとなりました(文献2〜5)。当時から、プレオドリナ・スターリーはヘテロタリック種であり、オス株とメス株しかないものと考えられていました。ところが同じ相模川水系の湖から一つの株の中でオスとメスの両方の配偶子を作る両性型のプレオドリナの株がここ10年の間で2回得られていました。

今回、グループはヘテロタリックと考えられていたプレオドリナ・スターリーのメス株・オス株と両性型のプレオドリナの株(図2)の形態・分子データの比較解析並びに交雑実験を実施しました。

図2:プレオドリナ・スターリーの両性型株の無性群体と有性生殖。
(A)無性群体。これまで報告されていたメスまたはオスの単性型株と差異は認められず、群体の前方部に小さな非生殖細胞(矢印)をもつ。スケールバーは 50 μm。(B-H)有性生殖。窒素飢餓培地で培養すると単独株中で雌雄の配偶子を形成し、接合が完了する。スケールバーは 50 μm (B-D)、 10 μm (E, H)、5 μm (F, G)。(B)オス群体。生殖細胞がオス配偶子(精子)の集合体である精子束に分化している。矢印は非生殖細胞。(C)メス群体とオス群体から飛び出した精子束(矢尻)。メス群体は生殖細胞がメス配偶子に分化している。矢印は非生殖細胞。(D)メス群体に到達した精子束は分離して単一のオス配偶子(矢尻)となりメス群体内に突入する。矢印はメス群体の非生殖細胞。(E)精子束。(F)単一のオス配偶子。矢尻は核を示す。(G)DAPIによる蛍光染色により、オス配偶子の核(矢尻)は強く染色される。(H) DAPIによる蛍光染色でメス配偶子内へのオス配偶子核(矢尻)の侵入が観察され、同一株内での雌雄配偶子の接合が確認された。本研究論文から改変。

 

その結果、これらの株の間で形態・分子レベルの差異は認めらませんでした。また、メス・オス株と両性株の交雑実験を実施した結果、これらの株間の交雑接合子形成と子孫の生存率はメス・オス株間で交配したものとほぼ同一という結果が得られました。従って、両性株もメス・オス株と同じプレオドリナ・スターリーであり、本種は「メス」、「オス」、「両性」という3種類の性表現型を持つ種であることが明らかになりました(図3)。

図3:今回明らかになったプレオドリナ・スタリーの生活環。
本種は3タイプの性表現型 [単性型オス(unisexual male)、単性型メス(unisexual female)、両性型(bisexual)]を持つ。いずれのタイプも栄養条件下ではハプロイド(n)で無性生殖 (asexual cycle)で増殖する。窒素飢餓等による性誘導(sexual induction)で有性生殖にシフトすると、単性型オスは生殖細胞がオス配偶子(male gamete, mg)の集合体である精子束(sperm packet, sp) に分化したオス群体(male colony) のみ、単性型メスは生殖細胞がメス配偶子 (female gamete, fg) に分化したメス群体(female colony)のみを形成する。一方、両性型は性誘導するとオスとメス両群体を形成する。単性型または両性型のオス群体から飛び出した精子束は、単性型または両性型のメス群体に泳いで到達後単一のオス配偶子に分かれてメス群体内部のメス配偶子と接合(syngamy) し、ディプロイド(2n)の接合子(zygote) を形成する。接合子からは交配の組み合わせによって異なる割合で3タイプのいずれかの群体に発達する。本研究論文から転載。

 

さらに、遺伝子解析の結果、両性型の株にはオス特異的遺伝子と考えられている”OTOKOGI”が存在することが明らかになりました。交雑実験による遺伝学的解析から、両性株は”OTOKOGI”が存在するオス型の性染色体領域(注5)をもち、常染色体領域(注6)に存在する両性型決定因子(BF)の存在が示唆されました(図4)。

図4:プレオドリナ・スターリーの交配実験による遺伝学的解析結果から予想される遺伝子型(上段枠内)と性表現型(下段)。
本種の3タイプの性表現型 [単性型オス(unisexual male)、単性型メス(unisexual female)、両性型(bisexual)]は常染色体領域(灰色)に存在する両性型決定因子(BF)と”OTOKOGI”が位置する性染色体領域(オスMTMまたはメスMTF)で決定される。本研究論文から改変。

 

本研究は20年以上の長期にわたり、相模川水系をフィールド調査した結果によります。この間に相模湖と津久井湖の藻類の生育情報を提供して下さいました斎藤昭二様(故人)、有井静江様、舘野泉様等の神奈川県谷ケ原浄水場の皆様には大変お世話になりました。また、本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金(高橋昂平21J10259;野崎久義19K22446 and 20H03299)の支援を受けて行われました。

 

参考文献
1. Dover KJ. Aristophanes' speech in Plato's symposium. J Hellenic Stud. 1966; 86:41-50.
2. Nozaki H, Mori T, Misumi O, Matsunaga S, Kuroiwa T. Males evolved from the dominant isogametic mating type. Curr Biol. 2006; 16:R1018-20.
本研究科プレスリリース < https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2006/22.html>.
3. Ferris P, Olson BJ, De Hoff PL, Douglass S, Casero D, Prochnik S, Geng S, Rai R, Grimwood J, Schmutz J, Nishii I, Hamaji T, Nozaki H, Pellegrini M, Umen JG. Evolution of an expanded sex-determining locus in Volvox. Science. 2010; 328:351-4.
本研究科プレスリリース < https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2010/16.html>.
4. Hamaji T, Kawai-Toyooka H, Uchimura H, Suzuki M, Noguchi H, Minakuchi Y, Toyoda A, Fujiyama A, Miyagishima SY, Umen JG, Nozaki H. Anisogamy evolved with a reduced sex-determining region in volvocine green algae. Commun Biol. 2018; 1:17.
本研究科プレスリリース < https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2018/5786/>.
5. Yamamoto K, Hamaji T, Kawai-Toyooka H, Matsuzaki R, Takahashi F, Nishimura Y, Kawachi M, Noguchi H, Minakuchi Y, Umen JG, Toyoda A, Nozaki H. Three genomes in the algal genus Volvox reveal the fate of a haploid sex-determining region after a transition to homothallism. Proc Natl Acad Sci U S A. 2021; 118:e2100712118.
本研究科プレスリリース < https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2021/7373/>.
6. Ferris P, Goodenough U. Mating type in Chlamydomonas is specified by mid, the minus-dominance gene. Genetics. 1997; 146:859-69.

 

発表雑誌

雑誌名 Evolution
論文タイトル Three sex phenotypes in a haploid algal species give insights into the evolutionary transition to a self-compatible mating system
著者 Kohei Takahashi, Hiroko Kawai-Toyooka, Ryo Ootsuki, Takashi Hamaji, Yuki Tsuchikane, Hiroyuki Sekimoto, Tetsuya Higashiyama, and Hisayoshi Nozaki*
DOI番号 10.1111/evo.14306
アブストラクトURL https://doi.org/10.1111/evo.14306

 

用語解説

注1 ハプロイド

陸上植物や多細胞生物では相同染色体が2個ずつ細胞中に存在し、ディプロイド(diploid, 2n、複相)の多細胞体をもつが、藻類や菌類の多くの種では相同染色体が1個ずつだけ細胞中に存在し、ハプロイド(haploid, n、単相)の多細胞体をもつ。ハプロイドの種の生活環では単細胞の接合子(受精卵)だけがディプロイドである。

注2 ヘテロタリックとホモタリック

ハプロイドの藻類や菌類ではメスとオスのような両性が遺伝的に決定されていて、配偶子の接合(受精)に両性の株を混合する必要がある種と同一のクローン株(遺伝的に均一な細胞からなる培養株)内で配偶子が作られて接合する種とがあるとされていた。前者の有性生殖の様式をヘテロタリック(heterothallic)、後者をホモタリック(homothallic)という。これまではこの2種類の有性生殖の種しか認められていなかったが、本研究は両者の中間のような有性生殖をする種(プレオドリナ・スターリー)が存在することを初めて明らかにしている。

注3 緑藻ボルボックス系列のプレオドリナ

淡水域に生育し2鞭毛をもつ単細胞生物クラミドモナスと、4個以上の細胞が集合した多細胞生物(通常“群体”と呼ぶ)から構成される緑藻の一群をボルボックス系列と呼び、プレオドリナはそのひとつ。多細胞性の種は単細胞性のクラミドモナスのようなものから進化したと考えられており、500細胞以上からなり小さい非生殖細胞(分裂をして無性生殖しない)が分化してオス・メスをもつボルボックスと、オス・メスが未分化な同型配偶のクラミドモナスとの間に、ゴニウム、ヤマギシエラ、ユードリナ、プレオドリナなど、体制と有性生殖の観点で進化的に中間段階の生物が現存する。プレオドリナは非生殖細胞をもつ32, 64または128細胞の球状群体をもち、有性生殖時には大きなメスの配偶子と小さなオスの配偶子が作られるので、本系列のボルボックスへの進化の直前の生物に相当すると古くから考えられてきた。

注4 オス特異的遺伝子 “OTOKOGI (PlestMID)

単細胞緑藻クラミドモナスでは、交配型マイナス(雌雄が未分化な同型配偶の性の片方)を決定する遺伝子としてMID 遺伝子が知られている(文献6)。オスとメスが分化したボルボックス系列(注3)のプレオドリナ・スターリーでは MID と起源を同じくする遺伝子 (PlestMID) がオスだけに存在したので(文献2)、“OTOKOGI”と呼ばれた。今回の研究で両性型のプレオドリナ・スターリーでも本遺伝子をもつことが明らかになった。

注5 性染色体領域

メスとオスのような両性の間で遺伝子組成や配列順序が異なり、性特異的遺伝子が位置する染色体領域。性を決定するので性決定領域ともいう。本領域が位置する染色体は両性で大きさや形に違いが認められないことが多いが、性染色体とよぶ場合もある。

注6 常染色体領域

生物の性染色体領域(注5)以外の染色体の部位で、メスとオスのような両性の遺伝子組成や配列順序は基本的に同一である。