2010/4/16

ゲノム解読がはじめて明かすメスとオスへの進化

メスらしさのはじまり“HIBOTAN ”遺伝子群の発見

発表者

  • 野崎 久義(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 准教授)
  • 西井 一郎(奈良女子大学 特任助教)
  • 浜地 貴志(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士課程3年)
  • Patrick Ferris(元東京大学大学院理学系研究科 外国人客員共同研究員・現米国ソーク研究所 客員研究員)
  • James Umen(ソーク研究所 助教授)

発表概要

“メスらしさ”と“オスらしさ”が原始の性(sex)からどのように進化したかはこれまで明らかでなかった。今回、ボルボックス(図1・ 2)のゲノム解読から、メスまたはオスだけがもつ複数の遺伝子群を明らかにした。特にメス特異的 “HIBOTAN ” 遺伝子群の発見は、メスが”性の原型”から進化するためにメスらしさをもたらす新たな遺伝子の獲得が必要であったことを強く示唆した。

発表内容

図1

図1:緑藻類ボルボックス(Volvox carteri )の無性生殖の群体。次の世代の16個の娘群体が親群体の中につくられている。娘群体は孫世代をつくる大きな細胞を分化させている。西井一郎撮影。

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図2

図2:緑藻類ボルボックス(Volvox carteri )。有性生殖を誘導すると多くの卵をもつ独特のメス群体がつくられ、オス群体でつくられた精子の束が泳いできてばらばらの精子となり(右上写真矢印)入り込む。野崎久義撮影。

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図3

図3: 群体性ボルボックス目の進化の模式図。細胞数の増加と共に非生殖細胞が分化・増大、並びに雌雄性の発展的進化が観察される。系統関係はこれまでの我々の分子系統学的研究に基づく。

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図4

図4:同型配偶から卵生殖への進化の模式図。Nozaki et al. (2006) および今回の研究成果に基づく。

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(1)これまでの研究でわかっていた点

高等な生物で見られる“メスらしさ”と“オスらしさ”はどのようにして始まったのであろうか。“性”が原始の生物で誕生して以来、合体する2個の配偶子が未分化で同じ大きさの「同型配偶」(単細胞藻類、粘菌類など)から次第に大型で運動能力のない「卵」に小型で運動能力のある「精子」が受精する「卵生殖」(ボルボックス、高等動植物など)へと進化したと古くから推測されていた。卵と精子をつくる“メスとオス”の性が同型配偶のどのような交配型(性)から進化したかは最近まで明らかでなかったが、2006年に我々は卵生殖するボルボックスの仲間(プレオドリナ)で、オス特異的遺伝子“OTOKOG I” (注1)を発見し、“メス”が同型配偶の性の原型(プラス交配型)から、“オス”は性の派生型(マイナス交配型)からそれぞれ進化したことを明らかにした(Nozaki et al. 2006; Nozaki 2008)。このように同型配偶の交配型とメスとオスとの進化的な対応関係はついたものの、雌雄の配偶子が未分化な同型配偶の交配型から卵と精子をつくるメスとオスがどのような遺伝子を獲得して進化したかはこれまで明らかではなかった。また、メスは “性の原型”から進化したものであり、高等動植物ではメスのゲノムに特異的な遺伝子が認められない、または稀であることから、同型配偶のプラス交配型からメスを進化させたメス特異的遺伝子 “HIBOTAN(注2)は存在しない可能性も考えられた。

高等動物や陸上植物に近縁な生物では同型配偶のものが現存しないので、メスとオスの進化研究には不向きである。しかし、緑藻類のボルボックスやプレオドリナのような群体性ボルボックス目(注3)の生物では同型配偶から卵生殖まで様々な様式の有性生殖が知られており(図3)、有性生殖の進化研究のモデル生物群と我々は考えている。群体性ボルボックス目に極めて近縁な同型配偶の単細胞緑藻クラミドモナスで性の分子遺伝学的研究が進展していることも、これらの生物群の利点である。クラミドモナスではマイナス交配型がプラスに対して優性で、マイナス交配型は性特異的なMID 遺伝子によって決定されており(Ferris & Goodenough 1997)、MID のような交配型に特異的な数個の遺伝子は交叉による組換えが起こらない原始的な性染色体構造を構成している。従って、同型配偶からメス・オスに分化した卵生殖への進化に、このような性染色体領域の遺伝子群がどのように関連するかは進化生物学的に非常に興味深い問題であった。このため、クラミドモナスに近縁なメスとオスの配偶子(卵・精子)が分化した群体性ボルボックス目のボルボックス・プレオドリナ等の性染色体領域のゲノム解読が期待されていた。しかし、性染色体に局在する遺伝子は進化速度が速いことが原因で探索が困難であり、ボルボックス・プレオドリナ等における性染色体領域のゲノム構造に関してはほとんど知見がなかった。

(2)この研究が新しく明らかにしようとした点

従って、卵生殖のボルボックス・プレオドリナ等のメスとオスの性染色体領域のゲノム構造の解読と本領域に局在する遺伝子群の同定と解析を行うことで同型配偶のクラミドモナスの性染色体領域のものと比較することが可能となる。その結果、同型配偶からメスとオスを進化させた遺伝子群がどのようなものであるかが明らかとなり、性染色体領域における卵生殖を生み出した遺伝子・ゲノムレベルでの進化生物学的基盤が解明できると考えた。

(3)そのために新しく開発した方法、機材等

卵生殖のボルボックス(Volvox carteri)(図1, 2)ではメスとオスの性が遺伝的に決定されており(雌雄異株)、今回のアメリカ側の研究グループがメス株のゲノム解読を進行していた結果、メスの性染色体領域のおおまかな構造が明らかになっていた。しかし、ボルボックスのオス株に関してはゲノム解読が着手されておらず、性染色体領域に局在をするオス特異的遺伝子も同定されていなかった。そのため、今回の日本側の研究チームは独自に開発した縮重プライマー(注4)(Hamaji et al. 2008)を用いてボルボックスのオス特異的遺伝子を探索した。様々な条件検討の結果、精子形成を誘導したVolvox carteriオス株培養液からオス特異的遺伝子“OTOKOG I”を単離した。このボルボックスの“OTOKOG I”をマーカー(目印)としたゲノム解析の結果、オスの性染色体領域が含まれるゲノム断片を探索することに成功し、ゲノム断片の解読を端にしてオスの性染色体領域の全貌が明らかになった。また、ボルボックスのメスとオスの性染色体領域にはリピート(繰り返し配列)が多く、コードされている遺伝子のアノテーション(注5)が困難であったが、今回次世代シーケンサー(注6)を駆使したトランスクリプトーム解析(注7)で多くのメスまたはオス特異的遺伝子の存在を明らかにした。

(4)この研究で得られた結果、知見

解読されたボルボックスの性染色体領域はメスとオスのそれぞれで1.0Mb(百万塩基対)を超える大きさであり、同型配偶のクラミドモナスの性染色体領域(0.2-0.3Mb)の約5倍に拡大していることが明らかとなった。オスの性染色体領域には “OTOKOG I”等のオス特異的遺伝子が10 個、メスの領域にはメス特異的遺伝子が5 個解読された(図4)。特に5個のメス特異的 “HIBOTAN ”遺伝子群すべてが同型配偶のクラミドモナスでは認められないもので、これらの遺伝子の獲得が同型配偶のプラス交配型からメスに進化する直接的な原因となったことが推測された。従って、メスは単なる性の原型ではなく、メスへの進化には、メスらしさをもたらす遺伝子群の新たなる獲得が必要であったことが示唆される。一方、オス特異的遺伝子10個中の8個がクラミドモナスでは認められない遺伝子であり、精子を形成するオスに進化するために獲得されたことが推測される(図4)。

また、ボルボックスのメスとオスの性染色体領域に共通して存在する遺伝子の中に、両性で配列が著しく異なるものが認められた。特に細胞分裂に関係するヒトの網膜芽細胞腫のガン抑制遺伝子と相同のMAT3 遺伝子がボルボックスのオスでは遺伝子構造や発現がクラミドモナスのものと著しく異なり、細胞分裂して小さな精子を形成するというオスらしさを進化させた原因の遺伝子群のひとつであると推測された。

以上のようにプラス・マイナスの同型配偶からメスとオスの卵生殖に至る進化のゲノムレベルの基盤は両性の遺伝子が組み替えしない性染色体領域に存在する。また、性染色体領域の拡大とこの領域に局在する遺伝子の両性での特異化および性特異的遺伝子の新たなる獲得がメスとオスへの進化に直接影響したことが強く示唆された(図4)。

(5)研究の波及効果

同型配偶からメスとオスの性をもつ卵生殖に至る進化の根本原因が両性で特異的な遺伝子群を新たに獲得したことを初めて明らかにした。これは進化生物学のみならず、様々な生物学の分野に影響するものと思われる。また、メスは同型配偶の “性の原型” から進化し、高等動植物ではメスのゲノムに特異的な遺伝子が一般的に認められないことから、メスは遺伝子組成から見ると性の原型そのものとも考えられることもあった。しかし、今回のボルボックスの性染色体のゲノム解読によるメス特異的 “HIBOTAN ” 遺伝子群の発見は、メスは単なる性の原型ではなく、メスへの進化には、メスらしさをもたらす遺伝子の新たなる獲得が必要であったことを強く示唆した。このことは雌雄の性に関する根本的な概念に影響し、生物学のみならず、様々な学問分野に大きく浸透するものと思われる。

(6)今後の課題

今回性染色体のゲノムを解読した生物は群体性ボルボックス目でメスとオスの差異が最も顕著なボルボックスであり、メスとオスが進化した直後の段階ではない。また、比較対象のクラミドモナスは群体性ボルボックス目のメスとオスをもつ群とは系統的に直結していない。これまでの我々の系統学的研究によると群体性ボルボックス目でメスとオスが進化したのはヤマギシエラと ユードリナの分岐の間であり(図3)、この両者の両性(交配型プラスとマイナス、メスとオス)の性染色体領域のピンポイント的ゲノム比較を実施することで、メスとオスの進化のより直接の原因となった遺伝子をあぶり出すことが可能になると思われる。また、これらの比較ゲノム研究で雌雄性の進化に直接かかわったと推測された遺伝子のほとんどが機能未知であり、遺伝子導入等を用いた機能解析も重要な研究課題となってくる。

(7)論文の参照情報

Ferris, P. J., and Goodenough, U. W. (1997). Mating type in Chlamydomonas is specified by Mid, the minus-dominance gene. Genetics 146, 859-869.
Hamaji, T., Ferris, P. J., Coleman, A. W. Waffenschmidt, S., Takahashi, F., Nishii, I. and Nozaki, H. (2008). Identificaion of the minus dominance gene orthologue in the mating type locus of Gonium pectorale. Genetics 178: 283-294.
Nozaki, H. (2008). A new male-specific gene “OTOKOG I” from Pleodorina starrii (Volvocaceae, Chlorophyta) unveiling an origin of male and female. Biologia 63/6: 768-773.
Nozaki, H., Mori, T., Misumi, O., Matsunaga, S. and Kuroiwa, T. (2006). Males evolved from the dominant isogametic mating type. Curr. Biol. 16: R1018-R1020.
この研究成果のもととなった研究経費
科学研究費補助金(文部科学省)、基盤研究A、課題番号20247032
課題名「性染色体領域の解析に基づく「雌雄性の誕生」に関する進化生物学的研究」

発表雑誌

Science (2010年4月16日(金)発行)
Patrick Ferris, Bradley J.S.C. Olson, Peter L. De Hoff, Stephen Douglass, David Casero Diaz-Cano, Simon Prochnik, Sa Geng, Rhitu Rai, Jane Grimwood, Jeremy Schmutz, Ichiro Nishii, Takashi Hamaji, Hisayoshi Nozaki, Matteo Pellegrini & James G. Umen
Evolution of an Expanded Sex-Determining Locus in Volvox

用語解説

注1 オス特異的遺伝子“OTOKOG I”
同型配偶の生物では配偶子の大きさ等に差がないために異なる性(交配型)を便宜的にプラスまたはマイナスとしている。プラスとマイナスの配偶子は合体する。クラミドモナスでは、マイナス交配型を決定する遺伝子がMID である。また、MID 遺伝子の存在でプラスの性はマイナスに転換するので、性(sex)の原型はプラス型(MID 遺伝子を欠く)がであり、マイナス型の性はMID 遺伝子によってプラス型から派生したものと考えられる。メスとオスが分化した群体性ボルボックス目(プレオドリナ)では MID と起源を同じくする遺伝子 (PlestMID) がオスだけにあり、“OTOKOG I”と呼ばれる (Nozaki 2008)。 
注2 メス特異的遺伝子 “HIBOTAN
オス特異的遺伝子が“OTOKOG I”であるので、メス特異的遺伝子が発見された場合は “HIBOTAN ” と呼ぶと野崎が学会や公開講演会等で宣言していた。 
注3 群体性ボルボックス目
淡水産の緑藻類でクラミドモナス型の2鞭毛性の遊泳細胞が集合して群体を構成する。群体の形態や有性生殖の様式で様々な属(ボルボックス、プレオドリナ、パンドリナ等)がある。有性生殖は同型配偶から卵生殖までさまざまである。分子遺伝学が発達している単細胞・同型配偶のクラミドモナスと極めて近縁であり、進化のモデル生物群と考えられている(図3)。 
注4 縮重プライマー
単一のアミノ酸に対して可能な塩基配列すべての組み合わせの混合物からなるプライマー。目的の遺伝子の塩基配列が不明である場合に用いる。 
注5 アノテーション
DNA配列に書き込まれた遺伝子の機能を予測し注釈として意味付けすること。 
注6 次世代シーケンサー
磁気ビーズ上に増幅したDNA断片を大量・高速・安価に配列決定する、革新的な装置。 
注7 トランスクリプトーム解析
細胞に存在するRNAの配列を網羅的に決定し、転写産物の動体を詳細に解析すること。