DATE2023.08.10 #プレスリリース
酵素のように孔の形が変わる結晶
――動的高次機能を備えた触媒などへの応用に期待――
林 龍之介(研究当時:化学専攻 博士課程)
田代 省平(化学専攻 准教授)
塩谷 光彦(化学専攻 教授)
発表のポイント
- 酵素の動作原理を手本として、ナノ細孔の形状が自在に変形する多孔質結晶を開発しました。
- 従来型の多孔質材料では困難な酵素の動作機構を組み込むことにより、結晶ナノ細孔の自在な変形とそれに基づく分子配列の動的制御を実現しました。
- 酵素のような動的高次機能を備えた触媒、貯蔵、分離、センサーなどへの応用が期待されます。
アロステリック効果による結晶ナノ細孔の形状と機能の制御
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の田代省平准教授、塩谷光彦教授らの研究グループは、酵素の構造や活性を制御するアロステリック効果(注1)の動作原理を手本として、局所認識部位(アロステリック部位(注1))へのエフェクター (注2)分子の結合に応答して細孔形状が自在に変形する多孔質結晶(注3)を開発しました。本研究で用いた環状パラジウム三核錯体分子から成る多孔質結晶Metal-macrocycle framework(MMF)は、ナノメートル径の一次元細孔を有し、その内壁の特定位置にアロステリック部位が存在します。今回、この部位に取り込まれたエフェクターの種類に応じて、結晶細孔の形状が縦もしくは横方向に自在かつ可逆的に膨張・収縮を繰り返せることをX線回折測定(注4) により明らかにしました。また、エフェクターがアロステリック部位に結合しても細孔内の大半のスペースはそのまま活用でき、細孔変形に伴うナノ空間内での機能制御が可能です。エフェクターによる細孔変形によってゲスト分子(捕捉される分子)の配列構造が変化するアロステリック効果を観測できました(図1)。このような酵素のアロステリック効果を備えた多孔質結晶の開発は未だ挑戦的な課題であり、今回の成果はその重要なマイルストーンとなります。また、酵素のように動的高次機能を備えることにより、触媒、貯蔵、分離、センサーなどの機能を備えた新たな多孔質結晶材料の発展が期待されます。
図1:多孔質結晶材料MMFにおける細孔の形状と機能のアロステリック制御
多孔質結晶材料MMFのナノ細孔の両隅にあるアロステリック部位に、オレンジ色もしくは青色で示したエフェクター分子が結合することにより、細孔形状が可逆的に膨張・収縮するとともに、それに伴ってMMFをホストとしたゲスト分子配列のアロステリック制御が可能となります。
発表内容
ナノメートルサイズの細孔が無数に空いた多孔質結晶材料は、その細孔内に分子やイオンを効果的に吸着・配列することにより、分子の貯蔵や分離、検出、触媒的変換反応などのさまざまな機能を実現できます。特に最近では、温度や圧力などの外部刺激や、分子の吸着に応答して細孔形状が大きく変形する柔軟な多孔質結晶材料が大きな関心を集めており、上述の機能をさらに向上・拡張するための研究が進められています。この流れを新たな動作機構に発展させるための有望な戦略の1つとして、究極のナノマシンである酵素が示す精巧な構造柔軟性と動的機能を多孔質結晶材料に付与することに挑戦しました。従来型の多孔質結晶材料では、変形を促す分子の吸着によって細孔の大半が埋まってしまうことがほとんどであり、酵素のように変形を促すアロステリック部位と触媒活性中心を分離することが困難でした。
本研究では、先行研究において当グループが合成した多孔質結晶Metal-macrocycle framework(MMF)に注目しました。MMFは、環状金属錯体(注5)分子が集積化して形成された結晶性ホストであり、細孔を構成する環状金属錯体の異性体構造に由来する複数種の分子認識ポケットを備えています。今回、これらの部位のうちの1箇所に取り込まれたゲスト分子を交換することにより、ゲスト分子の形状に応じて細孔が縦もしくは横方向に自在かつ可逆的に膨張・収縮することを単結晶および粉末X線回折測定より明らかにしました。例えば、この分子認識部位に取り込まれていたアセトニトリルを鎖状エーテルである1,2-ジメトキシエタンに交換することにより、細孔が縦方向におよそ13%膨張しました。一方、環状エーテルである1,4-ジオキサンに交換したところ、細孔は横方向に4%膨張しました。すなわち、この分子認識部位が細孔形状を制御するアロステリック部位として機能し、ここに吸着するゲスト分子が変形を促すエフェクターとなることにより、酵素的な動作原理に基づく構造変形が起こることがわかりました(図2)。また、ベンジルアルコールをエフェクターとして用いたところ、ベンジルアルコールの取り込まれ方によって細孔が二段階で膨張する現象を観測しました。具体的には、室温でベンジルアルコールを導入したところ、細孔は縦方向に約4%膨張しましたが、この結晶を加熱するとベンジルアルコールの吸着様式が変化し、細孔がさらに縦方向に16%膨張することがわかりました。
図2:二種類のエフェクターによる結晶細孔の縦および横方向への可逆的膨張・収縮
収縮型MMF結晶のアロステリック部位にはアセトニトリルがエフェクターとして結合しますが、これを1,2-ジメトキシエタンもしくは1,4-ジオキサンに交換することにより、細孔形状がそれぞれ縦および横方向に可逆的に膨張・収縮します。
次に、さまざまなゲスト分子を用いて細孔構造の変化を網羅的に検討したところ、40種類以上のゲスト分子がアロステリック部位に取り込まれるエフェクターとして細孔構造を規定することがわかりました。そこで、得られた40種類以上の細孔構造を主成分分析 (注6)により解析したところ、変形後の細孔構造は3つのグループに分類できることが明らかになりました。さらに、エフェクターが属するグループによって、その細孔変形の機構に及ぼす効果が異なることが見出されました。具体的には、同グループ内のエフェクター同士の交換では、細孔形状は酵素における誘導適合 (注7) 型の機構に基づいて変形が起こるのに対し、別のグループ間では立体配座選択(注8) 的な機構に基づくことが示唆されました。このように、酵素に類似した機構に基づいて細孔形状が可逆的に変形することからも、酵素のような構造柔軟性を有する多孔質結晶材料であることが実証されました。
最後に、エフェクターで誘起される細孔変形を結晶機能の制御に応用するため、細孔内での分子配列構造をエフェクターによるアロステリック効果によって制御することを目指しました。アロステリック部位は細孔内壁の一部に過ぎないため、比較的小さなエフェクター分子が結合したのちも細孔内にはナノメートルサイズの空間が依然として利用できる状態で残っています。そこで、エフェクターの交換によって変形した細孔内において、分子配列構造がどのように変化するか単結晶X線回折測定を用いて検討しました。例えば、アセトニトリルがエフェクターの場合には、細孔天井部にアミノ酸であるセリン誘導体が多点水素結合によって配列することがわかっていますが、エフェクターを1,4-ジオキサンに交換して細孔を横方向に拡張させたところ、セリン誘導体は天井部に安定に吸着しなくなることがわかり、負のアロステリック効果が観測されました。一方、アセトニトリルがエフェクターの場合では、trans-アゾベンゼンは細孔内に取り込まれるものの規則的に配列しませんが、エフェクターを1,2-ジメトキシエタンに交換して細孔を縦方向に拡張すると、細孔壁面に新たに生じた認識部位にtrans-アゾベンゼンが規則的に配列する正のアロステリック効果が観測されました(図3)。
図3:膨張・収縮型MMF結晶におけるゲスト分子配列のアロステリック制御
アロステリック部位にアセトニトリルが結合した収縮型MMF結晶の細孔内では、ゲスト分子であるtrans-アゾベンゼンは配列しませんが、エフェクター交換により縦方向に膨張した細孔では、trans-アゾベンゼンが新たな認識部位に効果的に配列するアロステリック効果が観測されました。
以上の結果から、多孔質結晶材料MMFは、アロステリック効果により分子配列構造を制御できる酵素的な構造柔軟性を有することが明らかになりました。将来的には、酵素に匹敵する高効率・高選択的な触媒反応を設計することや、柔軟な多孔質構造を活かした貯蔵剤や分離剤、センサーなどの機能性材料の開発につながることが期待されます。また本成果は、MMFが酵素を模した精巧な触媒として機能する可能性を示すだけでなく、同様の動作原理を他の多孔質結晶に組み込むための新たな分子設計の指針を提案しています。従って、本成果は多孔質結晶材料の科学と応用の両面の発展に寄与するものと期待されます。
〈関連のプレスリリース〉
「ナノ空間内での分子吸着過程の連続スナップショット撮影に成功」(2014/9/1)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2014/43.html
論文情報
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雑誌名 Nature Communications 論文タイトル Effector-dependent structural transformation of a crystalline framework with allosteric effects on molecular recognition ability著者 Ryunosuke Hayashi, *Shohei Tashiro, Masahiro Asakura, Shinya Mitsui, *Mitsuhiko ShionoyaDOI番号
研究助成
本研究は、科研費「新学術領域“配位アシンメトリ”(課題番号:JP16H06509/塩谷光彦)」、「新学術領域“ソフトクリスタル”(課題番号:JP18H04502/田代省平)」「新学術領域“水圏機能材料”(課題番号:JP22H04522/田代省平)」、JSTさきがけ「自在配列(課題番号:JPMJPR22A8/田代省平)」、池谷科学技術振興財団と藤森科学技術振興財団(田代省平)の支援により実施されました。
用語解説
注1 アロステリック効果
さまざまな酵素やタンパク質において、エフェクターと呼ばれる化合物がある特定の部位に結合することにより、活性部位における基質結合能や触媒能などが遠隔的に調節される効果。また、アロステリック効果においてエフェクターが結合する部位をアロステリック部位と呼ぶ。↑
注2 エフェクター
アロステリック効果を示す酵素において、酵素活性を調節するためにアロステリック部位に結合する化合物。↑
注3 多孔質結晶
規則的かつ周期的なナノメートルサイズの細孔構造を有する結晶。↑
注4 X線回折測定
結晶は、原子や分子が規則的に配列したナノメートルサイズの回折格子とみなせることから、波長の短い電磁波であるX線を照射すると回折像が観測され、これを解析することにより結晶構造を推定・決定することができる。↑
注5 環状金属錯体
金属イオンと有機配位子から構成される化合物は金属錯体と呼ばれ、特に配位子が環状構造を有する金属錯体のことを環状金属錯体と表現する。 ↑
注6 主成分分析
多数の変数から、より少ない変数へと情報を要約するための解析手法。 ↑
注7 誘導適合
酵素反応において、酵素活性部位の構造が結合する基質分子に合わせて変化する現象。 ↑
注8 立体配座選択
誘導適合とは逆に、複数存在する酵素の立体配座の中から、基質が最適な立体配座を選択して結合する現象。 ↑