2014/9/1 (配信日8/28)

ナノ空間内での分子吸着過程の連続スナップショット撮影に成功

発表者

  • 塩谷光彦(東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 教授)
  • 田代省平(東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 助教)

発表のポイント

  • 多孔性分子結晶(注1)の細孔壁面に分子が吸着する過程をX線回折測定(注2)で連続的に観察することにより、一連の過程を4枚のスナップショットとして可視化することに成功しました。
  • 分子吸着という自己組織化(注3)のプロセスをX線回折測定によって原子レベルで初めて明らかにしました。
  • 本成果は、多孔性材料を用いた化学製品の分離プロセスや触媒合成プロセスの効率化と選択性向上に大きく貢献できる可能性があります。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 塩谷光彦教授らの研究グループは、多孔性分子結晶の細孔(ナノチャネル)壁面に分子が吸着する過程について、X線回折測定によって連続的なスナップショットを撮影することにより、分子の吸着という動的なプロセスを高精度に可視化することに成功しました。分子吸着の時間的な変化を4枚のスナップショットによって観察したところ、段階的なプロセスを経て最終的な吸着状態に達することを初めて明らかにしました。X線回折測定を用いたこのような測定手法は、これまでは分子構造変化や分子変換反応の中間体の解析に限られていましたが、分子自体の大きな移動を伴う分子吸着の過程を明らかにする手法としては用いられてきませんでした。今回の結果は、分子吸着という動的プロセスの新しい分析手法として大きな波及効果をもたらし、多孔性材料を用いた化学製品の分離プロセスや触媒合成プロセスの効率化と選択性向上に大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、2014年8月31日18時に英国科学誌「ネイチャー・ケミストリー」のオンライン速報版で公開されます。

発表内容

図1

図1:本研究グループが開発した多孔性分子結晶の写真とX線結晶構造。下図のナノチャネル壁面を拡大した図における破線内は、それぞれ分子の結合ポケットを表している。

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図2a

図2:本研究で行ったX線スナップショット観察の実験手順。

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図3

図3:分子吸着過程における4枚のX線スナップショット(電子密度図:上図)と、そこから導き出された分子吸着の時間的な変化(下図)。上図の各スナップショット右下は経過時間(時間:分)を示す。右側の結合ポケットには溶媒が常に存在しているが、3、4回目の測定結果では、同位置に分子と溶媒が占有率40–60%ずつで存在している。

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図3

図4:今回の知見に基づいた、多孔性分子結晶のナノチャネル壁面における分子吸着過程の概念図。

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X線回折測定は、分子や分子集合体の化学構造を極めて高精度に知ることができる強力な分析手法であり、これまでに合成分子や生体高分子、分子集合体の構造決定において非常に重要な役割を果たしてきました。また今年は記念すべき「世界結晶年」であり、約100年前に食塩のX線回折測定によってその結晶構造が初めて明らかにされました。このような静的な構造解析に加えて、近年では、X線回折測定を用いて時間経過とともに複数回スナップショットを撮影して観察することにより、例えば分子構造変化や分子変換反応中間体の動的解析の手段としても注目を集めています。そこで次なる目標の一つは、分子の位置に大きな変化を伴う分子吸着や分子配列といった、自己組織化のプロセスを本手法によって明らかにすることです。

本研究グループは、材料化学の分野で近年多大な注目を集めている多孔性分子結晶を分析対象とすることにより、X線回折測定を用いた分子吸着過程のスナップショット観察に挑戦しました。多孔性分子結晶は構成分子が周期的に並んだ単結晶であることから、X線回折測定に適した材料です。また、多孔性分子結晶はナノメートルサイズの細孔(ナノチャネル)を結晶内に有することから、ナノチャネル内にさまざまな分子を取り込むことができます。加えて、研究グループが独自に開発した多孔性分子結晶では、ナノチャネル壁面に環状金属錯体によって形成された複数の異なる分子の結合ポケットが存在するため(図1)、ナノチャネル壁面に分子が自発的に吸着する過程(一種の自己組織化)を追跡する目的に合っています。

そこで本研究では、本研究グループが開発した多孔性分子結晶のナノチャネル壁面に分子が吸着していくプロセスを明らかにすることを目指し、吸着開始から終了までの間に4回のX線回折測定を経時的に行うことにより、分子吸着過程を4枚のスナップショットとして観察することに成功しました。まず、多孔性分子結晶のナノチャネル内に分子が取り込まれた直後に結晶を–180度まで冷却し、1回目のX線回折測定を行ったところ、最終的な吸着位置に分子は吸着していませんでした。測定時は–180度という極低温なので、結晶のナノチャネル内では分子吸着過程は凍結されています。そこで分子吸着を緩やかに進行させるため、結晶を–40度で30分間静置したのち、再び–180度まで冷却して2回目の測定を行いました(図2)。その結果、興味深いことに分子は最終的な吸着位置ではなく、そのすぐ隣の結合部位に一時的に吸着していることが明らかになりました。さらなる吸着過程を追跡するため、結晶を–40度でさらに1時間静置したのちに–180度で3回目の測定を行ったところ、最終的な吸着位置にも分子が吸着し始めることが分かりました。最終的に、–40度でさらに3時間分子吸着を進行させてから–180度で4回目の測定を行うと、隣の結合部位には分子はいなくなり、最終的な吸着位置にのみ分子が吸着していました(図3)。

これらの結果は、超分子金属錯体のナノチャネル空間内での自己組織化プロセスをX線によってスナップショット観察できたことに加えて、分子吸着の段階的なプロセスが存在することを証明できたと言えます(図4)。今回得られた知見は、自己組織化が関与する広範な基礎科学分野に大きなインパクトを与えることが期待されます。

本研究で用いた直接観察法は、自己組織化という動的プロセスを観察できる分析手法として、分析化学のみならず有機化学や無機化学、超分子化学、生物化学、材料科学などの広い分野に大きな波及効果をもたらすものと予想されます。加えて、分離や貯蔵、触媒的変換反応などへの応用化が期待されている種々の多孔性材料にも本手法を適用することにより、化学製品の分離プロセスや触媒合成プロセスを詳らかにできれば、各工業プロセスの最適化・効率化の実現に伴ってエネルギー問題や環境問題に貢献できる可能性を秘めています。

なお本研究は、株式会社リガクとの共同研究により行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Chemistry」
論文タイトル
In situ X-ray snapshot analysis of transient molecular adsorption in a crystalline channel
著者
窪田 亮(東京大学大学院理学系研究科 大学院生(卒業生))
田代省平(東京大学大学院理学系研究科 助教)
城 始勇(株式会社リガク)
塩谷光彦(東京大学大学院理学系研究科 教授)
DOI番号
10.1038/NCHEM.2044

用語解説

注1)多孔性分子結晶
分子が規則的に集合することで得られる結晶で、結晶内部に無数の細孔を有する。細孔径が50 nm以上のマクロ孔、2~50 nmのメソ孔、2 nm以下のミクロ孔などの種類が存在する。
注2)X線回折測定
X線を結晶に照射すると、結晶自体が回折格子となり回折像が得られる。回折位置、強度などを解析することにより、結晶中で周期的に配列した分子の化学構造を精密に決定できる測定手法。
注3)自己組織化
化学における自己組織化とは、比較的小さな分子が自発的に集合することにより、巨大構造や高次構造が構築される現象。今回の場合は、多孔性分子結晶のナノチャネルに分子が吸着する過程を指す。