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理学部ニュース

多田 誠之郎(地球惑星科学専攻 博士課程3年生)
對比地 孝亘(地球惑星科学専攻 兼任准教授/国立科学博物館 研究主幹)

代謝により高い体温を保つ内温性(俗にいう温血)と,外気温に従って体温が変化する外温性(冷血)の違いは,生物の生態や行動に大きな差をもたらすため,恐竜類がどのような代謝様式をとっていたか?という問いは長い間注目を集めている。その手掛かりとして,現生の内温性動物である哺乳類と鳥類が鼻の中に持つ呼吸鼻甲介と呼ばれる渦巻き状の複雑な構造が着目されていたが,この構造の具体的な機能は明らかでなかった。

本研究では,多様な陸生脊椎動物の鼻を観察して鼻甲介と鼻腔の役割を検討した。まず,内温性動物では,頭骨に対する鼻腔の相対的なサイズが外温性動物よりも有意に大きいことが示された。一方で,体全体に対する鼻腔の相対サイズには内温性と外温性の間に有意差はなかった。この結果から,大きな鼻腔は,従来想定されていたような体全体ではなく,頭部内の構造に関連した生理学的機能を果たしていることが示唆された。

鼻腔には多くの血管が分布しており,体幹部からきた温かい血液が鼻腔内の空気で冷やされて脳に向かうことで,脳を急激な温度上昇から守るとともに冷却する機構があることが明らかになっている。本研究では,鼻腔と鼻甲介が,これまで考えられていたように体全体の代謝調節機構に関わっているのではなく,内温性動物が特徴的に持つ大きな脳を効率的に冷やす装置として主に機能しているという仮説を提唱するにいたった。

さらに,脳の冷却という生理学的役割を念頭に,鳥類以前の恐竜において鼻の機能がどの程度発達していたかについて考察した。本研究では,比較的鳥類に近い獣脚類恐竜ベロキラプトル(Velociraptor mongoliensis)の化石標本のCTデータから鼻腔を3Dデジタル復元し,現生の動物のものと比較した。その結果,ベロキラプトルの鼻腔の相対サイズは内温性動物である鳥類と比べて小さく,鼻腔で行われる熱交換の機能もそれほど発達していなかったことが推測された。

  CTデータを用いてデジタル3D復元したベロキラプトル(Velociraptor mongoliensis)の鼻腔(オレンジ色)。鼻腔がある領域は周囲の骨のかたちと大きく関連することから,頭骨の形態進化を追跡することで鼻の進化過程も明らかにすることができる

では,獣脚類恐竜から鳥類への進化において,脳冷却の機能はいつ発達したのだろうか?本研究ではさらに,鼻腔を囲む顔の骨のかたちを基にその進化過程を推定した。獣脚類恐竜の鼻腔は,上顎骨という骨に下側を覆われ,全体的に細長い管状の形をしていたが,現生の鳥類に近づくにつれて上顎骨が相対的に小さくなり,それが大きな鼻腔を獲得した時期であると推測される。これは孔子鳥(Confuciusornis sanctus)が出現したあたりで起きているようだ。つまり,鼻腔とその生理学的機能の発達は,恐竜から鳥類への進化において,「最古の鳥」として有名な始祖鳥(Archaeopteryx lithographica)の出現よりも後に起きたと考えられる。1億5千万年前の始祖鳥には,現生の鳥類の特徴は揃いきっていなかったのだ。

本研究成果はS. Tada et al., Royal Society Open Science, 10, 4(2023)に掲載された。

 

 

(2023年4月12日ウェブ記事より)

理学部ニュース2023年7月号掲載

 

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