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理学部ニュース

酵素の光操作技術を用いる 細胞内分子ネットワーク解析

河村 玄気(化学専攻 博士研究員)
小澤 岳昌(化学専攻 教授)

私たち生命は,食事を取ることで外部から主にグルコース(ブドウ糖)からなる栄養分を摂取し,それらを細胞内でエネルギーや,核酸,タンパク質といった生体の構成要素に変換することで生命機能を維持している。この一連の働きは多種多様な代謝経路から成り立っている。同じ出発物質であっても代謝経路が異なれば別の物質に変換される。そのため細胞内には必要な代謝経路を選択して誘導するための情報伝達の仕組みが備わっている。この情報伝達に重要なタンパク質の一つに,タンパク質リン酸化酵素Akt2がある。

活性化したAkt2は,細胞内シグナルを活性化し,さまざまな遺伝子発現を誘導する。その結果,代謝に関わる酵素の量および活性が変動し,代謝物の量に大きな変化が生じる。これまで,Akt2の活性化が代謝経路の制御に必要であることは解明されてきた。しかし,産生される代謝物は別の酵素活性の調整も担うため(アロステリック効果),代謝経路は複雑に絡み合っており,Akt2が司る代謝ネットワーク全容の理解には至っていない。

そこで私たちは,光感受性を有するAkt2を作製し,光照射依存的に細胞内のAkt2を活性化する方法を開発した。この方法は,照射する光の強度を調節することで,Akt2の活性を時空間制御することが可能になる。また,Akt2により制御される代謝経路を特定するために,代謝経路に関わる酵素やその代謝物など生体分子の大規模解析(トランスオミクス解析)注)を行った。この解析では,生体分子の存在量変化の測定結果からAkt2の活性化に応じて変化を示した分子を特定し,さらにデータベースを参照することで,変化を示した分子の間に存在する因果関係をネットワーク化することに特徴がある。ネットワークとして描画することで変化した代謝経路の特定が可能となり,Akt2のみで十分に働く代謝経路と,Akt2を必要とするもののAkt2単独では十分に働かない代謝経路の存在が明らかとなった。

Akt2に限らず,細胞内シグナルで要となる酵素は多数知られているが,特定の酵素とその酵素が引き起こす現象についての因果関係は多くの酵素について明らかではない。上記解析技術を他の特定酵素に適用すれば,その酵素が司る細胞内分子間ネットワークを解明することが可能となる。また,酵素を標的とした治療薬の効果の予測にも活用できるなど,今後の更なる研究の展開が期待される。

人工光感受性Akt2を培養細胞に導入し,Akt2活性化をもたらした際に生じる生体分子の変化を大規模に測定し解析した。生体分子間の関係性をネットワーク化することでAkt2の果たす役割を特定することができる。

 

本研究は,G. Kawamura et al.,Sci. Signal.,16, eabn0782(2023)に掲載された。

注)物性がよく似た生体分子を網羅的に調べあげた大規模データ(オミクス層)を用い,複数のオミクス層を縦断的に統合して(トランスオミクス)生体分子間の相互作用を推定する解析手法。

 

(2023年2月22日プレスリリース)

理学部ニュース2023年7月号掲載

 

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