「植物はなぜ自家受精をするのか」
稲垣 宗一(生物科学専攻 准教授)
土松隆志 著 |
「植物はなぜ自家受精をするのか」 |
慶應義塾大学出版会(2017年) |
ISBN 978-4-7664-2299-3 |
我々を含めて多くの生物は有性生殖によって子孫を残す。その際に,あまりに近すぎる遺伝子をもつ相手と生殖を行うと成長が悪かったり生殖能力が低かったりする子が生まれる現象が知られているが,不思議なことに多くの植物は自家受精,つまり,同じ個体内にできる花粉と卵細胞で受精する。これは一見矛盾するようだが,自家受精をするように進化した植物は実に多い。一方で,自家受精をしない植物では自家不和合性といって,自己を含む遺伝的に近い個体同士の受精が成立しないようなシステムがはたらいている。
この本は二つの顔を持っている。一つは元々自家不和合性システムをもつ植物であった祖先種から自家受精をするシロイヌナズナがどうやって進化してきたか,その進化メカニズムをDNAレベルで紐解く研究の詳細とその道すじが鮮やかに書き記されている。もう一つは著者の土松氏(現在は生物科学専攻教授)が東京大学に入学した頃から始まってどうやって研究の世界に入っていったのか,なぜ自家受精の研究を始めたのか,そして,チューリッヒとウィーンでの研究生活や論文出版の顛末など,これから研究者を目指そうという人たちにとって非常に参考になる内容が盛り込まれている。科学的な記述と研究者の思考や生活に関する記述の両方が非常に鮮明に語られている。
個人的に興味深かったのが,Walter Fitch Prizeの項と「1001ゲノム」の解析から「ネアンデルタール」シロイヌナズナの発見に至るまでの項である。ゲノム進化学や進化生態学に足を踏み入れたくなる一冊である。