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理学部ニュース

 

学部から博士まで物理を学び,今は機械学習エンジニアとして,学生時代とは異なる領域で働いています。

学生時代には,物理に限らず幅広い分野に興味があり,合成生物学の大会(iGEM)に出たり他学部他学科の講義を聴講したりしていました。その裏返しとして興味散漫でなかなか研究テーマが決まらず,今思えば模範的な大学院生とは言い難かったと思います。根気強くご指導くださった指導教官の先生方はじめ,周囲の方々には感謝の念に堪えません。

博士課程の半ば頃まではアカデミアに進むつもりでしたが,アカデミアの雇用環境や自分の実力を考えて民間就職することにし,新卒で電機系メーカーに機械学習分野の研究職として入社しました。この分野を選んだ理由は,数式とコードを扱いたいという希望と社会的な需要がマッチする分野だったからです。ただ,事業貢献と研究(新規性)の二兎を追うことに難しさを感じるようになり,それならいっそ研究にこだわらず実課題に直接取り組みたいと考えてweb系企業を中心に転職活動を行い,LINE株式会社に入社しました。

現職では,推薦システム*注1やユーザーが興味を持つトピックの推定など, いくつかの機械学習プロジェクトに関わってきました。機械学習モデルの開発だけではなく,モデルを本番環境で動かすためのコードの実装や運用も手がけています。モデルの開発や実験を始めてからリリースするまでの時間は,おおむね3〜6ヶ月,長くても1年程度です。また自社サービスを運営しているweb系企業だけあって,リリース前にはA/Bテスト*注2も行います。このような「小さな改善を素早く検証してリリースし,少しずつ改善を積み重ねていく」というスタイルは,私の性にとてもよくあうものでした。

物理で数式を扱った経験のおかげで, 機械学習アルゴリズムの理解のハードルは比較的低かったと思います。また, 大学時代の研究では数値計算のためのコードも書いていました。こう書くと, 物理の研究と機械学習エンジニアリングの相性は一見すると良いように思われかもしれません。しかし,両者には大きな違いもあります。

たとえば,1人で使い捨てのコードを書いていた大学時代とは違い,今の仕事で書くコードは他の人も読むもので,かつ継続的に利用されます。そのため,他人が読みやすく保守しやすいコードが求められます。また,本番環境で稼働するものを作る以上,安定して動くコードを書くことの重要性は言わずもがなです。最終成果物は論文ではなくコードである,と考えれば,これらの違いも納得できるのではないかと思います。

一方,大学院で身につけたメタなスキルは,現在も直接役に立っているように感じます。新しい課題や技術を扱うときの論文サーベイは,大学で行ってきた先行研究調査ほぼそのままと言って良いでしょう。また,リモートワークが主流になってからはドキュメンテーションの重要度が上がり,論文などを書いた経験が活きているように思われます。

ここで書いたことはあくまでほんの一例に過ぎませんが,理学の世界で活躍するにせよ,理学から羽ばたくにせよ,読者の皆さんのキャリアを考える一助になれば幸いです。


注1:「あなたへのおすすめ」「このアイテムを購入したユーザーはこれらのアイテムも購入しています」といった, ユーザーに商品やアイテムを推薦するシステムのこと。

注2: 一部のユーザーにだけ新モデルの出力を見せて残りのユーザーと振る舞いを比較することにより, 新モデルが現行モデルより優れているか否かを統計的に判定するテストのこと。