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理学部ニュース

3.9億年前の脊椎動物化石からもたらされた意外な手がかり

平沢 達矢
(地球惑星科学専攻 准教授)

地球上にはさまざまな形態の生物が生息している。この生物の形の多様性はどのように成立してきたのだろうか。このような問いは古くは神話で説明され,生物学が始まってからも根源的な謎として何世代もの科学者が解明を目指してきた。私たちの研究室も,生物の形作りのしくみについての研究と太古の生物の形についての研究を進めることで,この謎に挑んでいる。

受精卵から体ができあがるまでの発生過程には,多くの遺伝子発現制御や細胞間相互作用が関与している。異なる形態を持つ生物の発生を比較すれば,どの発生過程が変化して形態が進化したのか,体のどの部位どうしが対応しているのかを調べていくことができる。このように発生を比較して進化の機序を解明していく分野は進化発生学と呼ばれ,近年は多様な生物の発生についても研究が進められている。私たちも,実験室で脊椎動物の胚を育てて,形態形成過程の解析や発生に操作を加える実験を展開中だ。

一方,地層中に残される化石記録は非常に断片的で,現在生きている生物を研究するのに比べると情報量に乏しい。しかし,はるか遠くの天体を観測して宇宙の構造や歴史を解明していくのと同じように,進化の謎の中にも,遠い昔の生物の化石という減衰した情報を「観測」することでしか解明できない部分がある。

化石種の中には,今でもどのような系統の動物であるのか不明のままのものがあるが,むしろそういった「よくわからない」形態を持つ生物の正体を解明していくことこそが形の多様性成立過程を理解するために重要だ。たとえば,私たちが研究している中期デボン紀(約3.9億年前)の湖に住んでいたパレオスポンディルスという体長 5 cm ほどの脊椎動物は,1890年の最初の報告以来,何人もの著名な研究者がその正体解明に挑んだものの,「謎の脊椎動物」として残されてきた。最近私たちは,研究に適したパレオスポンディルスの化石を戦略的に探し出し,大型加速器を使ったシンクロトロン放射光X線マイクロCTという装置で骨格内部の微細組織構造まで可視化,頭骨の三次元形態を世界で初めて精密に観察することに成功した。その結果わかった頭骨の形態は,下顎が上顎に比べて短いなど確かに少し奇妙な特徴があるものの,既知の脊椎動物の頭骨パターンと比較することが可能であった。さらに,形態的特徴を詳細に観察したデータから系統解析を行ったところ,なんとパレオスポンディルスは魚類から陸上脊椎動物へ移行する段階の系統的位置に収まると推定された。どうやら陸上脊椎動物の祖先系統には,この「よくわからない」化石種のような奇妙な形態を持つ仲間もいたらしい。

  シンクロトロン放射光X線マイクロCTによるパレオスポンディルス頭骨の精密観察(分解能1.46 µm)に成功した。系統解析の結果,パレオスポンディルスはヒレを持つ魚類段階の脊椎動物(エウステノプテロンなど)と手足を進化させた陸上進出段階の脊椎動物(アカントステガなど)の中間の動物であると推定された。一方で,パレオスポンディルスには,頭骨表面を覆う皮骨性骨格や歯,胸ビレ,腹ビレがないといった独自の奇妙な特徴もある。これらの特徴は幼生に見られるものと一致する  

 

パレオスポンディルスの奇妙な形態的特徴は,幼生の形態パターンのようでもある。これは,進化発生学にとって意外な手がかりだ。親と同じ形態で生まれる動物の発生過程で見られる器官・組織どうしの相互作用は,一部の器官が未発達のまま自由生活をする幼生段階を経る発生過程では大きく変化する場合がある。今後は,手足などの形態進化の背後にそのような発生機構の変化が関与していた可能性についても検証を進めていく価値がありそうだ。

 

参考文献:T. Hirasawa, et al., "Morphology of Palaeospondylus shows affinity to tetrapod ancestors," Nature 606, 109. 2022.

理学部ニュース2023年5月号掲載



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