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理学部ニュース

大きなスピン流を生み出す直方晶タングステン

 

石河 孝洋(物理学専攻 特任助教)
常行 真司(物理学専攻 教授)

 

電子は「電荷」と「スピン」という二つの性質を持っている。電荷の流れ(電流)を制御して様々な機能を引き出す技術はエレクトロニクスとしてよく知られているが,近年はこれに加えてスピンの自由度も積極的に利用することで新しい機能を引き出す「スピントロニクス」という技術が注目されている。電子は上向きスピンと下向きスピンという二つの状態をとる。これらが互いに逆方向に流れる「スピン流」という物理現象は情報伝送や磁気メモリなどに応用できると考えられており,実験・理論・計算による研究が精力的に行われている。

スピン流は重い元素を含む物質で得られ,その大きさは結晶構造に大きく依存するため,大きなスピン流を生み出すことができる新物質の探索が行われている。スウェーデン語で「重い石」の意味を持つタングステンはこれまでにふたつの立方晶構造(単位格子の形が立方体の構造)が観測されており,一種類の元素でできている物質の中では最大級のスピン流を生み出すことが知られている。我々は,このタングステンに注目し,スピン流が更に増大する結晶構造の探索に取り組んだ。結晶構造は格子の形状や原子位置などひじょうにに多くの自由度を持つため,低エネルギーを示す安定構造を見つけ出すためには多大な労力を要する。そこで本研究では,チャールズ・ダーウィンの進化論に着想を得て考案された,最適解を発見するための手法である「進化的アルゴリズム」を使用した。これを,実験結果を参照せずに量子力学の原理に基づいて系の物性を予言できる第一原理電子状態計算と組み合わせてタングステンに適用させた結果,図のような異なる2種類の直方晶構造(単位格子の形が直方体の構造)が得られ,両者とも立方晶構造よりも大きなスピン流を生み出すことを見出した。また,モリブデンやタンタルなど他の重金属でもこれらの直方晶構造をとることによってスピン流が増大することも確認した。

直方晶タングステンはコンピュータ・シミュレーションで予測した理論上の物質であるが,原子層ごとに薄膜を積層して人工物質を作り出す現代の成膜技術を利用すればこれらの直方晶構造の作成は十分に可能であり,スピン流の増大を実証できると考えている。これが実現できれば更なる革新的なスピン流発生材料の開発にもつながると期待される。

  進化的アルゴリズムと第一原理電子状態計算を用いて予測したタングステンにおける2種類の直方晶構造。球はタングステン原子を示す。枠線で示した直方格子が周期的に並んで結晶を作る。両者ともこれまでに知られている立方晶構造よりも大きなスピン流を生み出す

本研究はT. Ishikawa et al., Phys. Rev. Materials 7, 026202(2023)に掲載された。

 

(2023年2月15日プレスリリース)

理学部ニュース2023年5月号掲載

 

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