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理学部ニュース

脳内のペプチドが精巣の機能を制御する

 

馬谷 千恵(東京農工大学 助教)*

 

脊椎動物の多くはメスとオスの二つの性をもち,メスは卵巣において卵を作り,オスは精巣において精子を作る。卵巣や精巣の発達と機能維持は,脳内の特定の神経回路と,これが制御するホルモン分泌によって調節されていると考えられている。哺乳類においては,1970年代にロジェ・ギルマン(R. Guillemin)とアンドルー・ウィクター・シャリー(A. V. Schally)が生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH注1))を発見して以降,脳内のGnRHを放出する神経細胞(ニューロン)が生殖腺の発達に重要な機能を果たすと考えられている。すなわち,GnRHニューロンから放出されるGnRHが脳下垂体に作用することで生殖腺刺激ホルモンが血中に放出され,血液循環を介してこのホルモンが卵巣や精巣に作用してこれら生殖腺の発達が起こると考えられている。しかし,GnRHの機能を喪失させたメダカのオスは正常な生殖機能をもつことが報告されるなど,哺乳類以外の脊椎動物において,精巣の形態や精巣で精子を作り続けるための脳内のしくみに関しては多くの謎が残されていた。

今回私たちは,脳内で発現し神経の活動を調節すると考えられている神経ペプチド注2)に着目し,その神経ペプチドの一種ニューロペプチドFF(Neuropeptide FF, NPFF)の機能をゲノム編集技術により喪失させたメダカのオスを作出した。そして,NPFF機能喪失オスメダカの精巣形態・機能を解析した結果,性成熟後に精巣が退縮し,次第に次世代を残すことが困難になることを発見した。さらに私たちは,NPFFやそれを受容するタンパク質(受容体)が発現している組織の解析を行うとともに,生殖腺刺激ホルモンのうち濾胞刺激ホルモン(FSH)の発現にNPFF機能喪失が影響をおよぼしているかを解析した。その結果オスメダカにおいて,脳内の終神経のニューロンから放出されたNPFFが視索前野という脳領域にあるNPFF受容体発現ニューロンに受容され,このニューロンから放出される何らかのシグナルを介して脳下垂体におけるFSHの遺伝子発現が昂進されることで,精巣の形態や精子形成という機能が維持されていることが示唆された(図)。今回の発見により,未だ知見の少ない魚類精巣の発達・機能維持を司る脳内のしくみの理解が進むとともに,水産増養殖法の改良に向けた研究にもつながることが期待される。

  図:NPFFが精巣の形態・機能維持にかかわる仕組みに関する作業仮説

終神経のニューロンから放出されたNPFFは,視索前野に細胞体が局在しNPFF受容体を発現するニューロンに受け取られる。このニューロンは脳下垂体に軸索を伸ばしており,なんらかの形で脳下垂体FSH産生細胞におけるFSH遺伝子の発現を昂進することが示唆された。このしくみにより作り出されたFSHは血液循環を介して精巣に届き,精巣の形態・機能維持に関与していることが考えられる

本研究はS. Tomihara et al., Proc Natl Acad Sci USA 119 (46) e2209353119(2022)に掲載された。

 

*元・生物科学専攻 助教(研究当時)
注1)GnRHは生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンGonadotropin-Releasing Hormoneの頭文字を取ったホルモンの略称。GnRHニューロンは、GnRHを作り放出する神経細胞を指す。
注2)ペプチドは、複数のアミノ酸よりなる分子で,ホルモンや脳内生理活性物質としてはたらく。特にニューロンで産生・放出されるペプチドを神経ペプチドという。

 

(2022年11月8日プレスリリース)

理学部ニュース2023年3月号掲載

 

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