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理学部ニュース

耐え難い疲労感に苛まれた際に,短時間の仮眠をとるだけで驚くほどの爽快感を感じた経験のある方は少なくないことと思う。しかしながら意外にも,睡眠が身体の回復をもたらす仕組みはまだよく分かっていない。

睡眠の役割を解明しようと,さまざまな動物種で「断眠実験」,すなわち動物が眠りに落ちた瞬間に強制的に起こすことで睡眠を剥奪する実験が行われてきた。しかしながら,こうした実験は解釈に注意が必要である。睡眠を奪われ続けることで眠くて仕方がない状態となった動物は,ちょっとの刺激では起きることはない。すなわち「断眠実験」は長期間続けるほど,起こすために与える刺激も強めることとなり,刺激そのものの影響も無視できなくなる。1983年にScience誌で発表された研究では,こうした点を考慮し,大型のネズミであるラットを用いた実験で「断眠個体」が眠るたびに,その「断眠個体」およびケージの壁をはさんで反対側で飼われている「対照個体」の双方に,同じ刺激が与えられるよう実験装置をデザインした。これにより双方とも同じ刺激を与えられたが「断眠個体」は睡眠量が10%程度まで減少したのに対し,一方の「対照個体」は70%程度までの減少にとどまった。

ではこの実験を続けた結果「断眠個体」と「対照個体」にはどのような違いが生じただろうか?「断眠個体」のみが2〜3週間で死んだのである。また「断眠個体」では終盤に摂食量が著しく増えたにもかかわらず,体重が減少し,体温も低下した。すなわち,エネルギー消費が大きく増加したと考えられる。さらに,毛で覆われていない部分の皮膚の損傷が見られた。意外にも,ストレスの指標となるコルチコステロイドというホルモンには差はなかった。では,エネルギー消費の増加や体温の喪失が「断眠個体」を死へと追いやったのだろうか?エネルギー消費は甲状腺という臓器によってコントロールされる。そこで「断眠個体」の甲状腺の機能を低下させたところ,エネルギー消費が下がり,体温低下がさらに進んだが,死期には影響がなかった。逆に甲状腺の機能を亢進させたところ,体温低下を防止することができたが,死期はむしろ早まった。従って,エネルギー消費や体温低下と断眠による死には直接関係がない可能性がある。その後「断眠個体」の血液やいくつかの臓器から通常検出されない量の細菌感染がみられることが判明し,免疫力が低下した結果,腸内細菌などの常在菌が異常増殖・浸出した可能性が指摘されたが「断眠個体」に抗生剤のカクテルを与えることで,菌の繁殖を抑え込んでも死期に影響がないことも明らかとなった。従って,ウイルスなどの別の病原体の関与は否定できないものの,感染が死の原因であることの直接の証拠もない。最初にこの断眠実験が行われてからすでに40年ほどが経とうとしているが,断眠ラットの死因は依然として不明である。

  気持ちよさそうに仲間同士で寄り添って眠るハツカネズミ。この時,体内ではどのような変化が起きているのだろうか?  

 

ラットもヒトも,レム睡眠とノンレム睡眠という2種類の睡眠をとる。レム睡眠中に起こされたヒトは「夢を見ていた」と報告することから,レム睡眠は夢を見る睡眠として良く知られる。一方,ノンレム睡眠中に成長ホルモンの分泌が上昇するなど,身体の回復には一般的にノンレム睡眠が重要とされる。しかしながら近年,ヒトにおいて,レム睡眠が少ないことは循環器疾患やあらゆる死因による死亡のリスクであることが判明するなど,レム睡眠もまた重要である可能性が浮上した。私たちの研究室では,レム睡眠がほぼなくなった遺伝子組換えハツカネズミの作出に成功しており,このユニークな材料を利用した研究から,睡眠の謎に迫りたいと考えている。

 

理学部ニュース2023年1月号掲載



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