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理学部ニュース

物(もの)の理(ことわり)を理解する

 

蘆田 祐人(知の物理学研究センター/物理学専攻 准教授)

理論物理学とは, 自然現象を記述する法則― 物の理 ―を明らかにし, 実験で検証可能な予言を行う学問だ」。よく聞く説明だが, 実際に理論物理の研究がどう行われているか知る人は少ないだろう。先日も実験家の友人に「理論家はいいね, コーヒー飲んでいるだけで」と言われてしまった。まあ外から見るとそうかもしれないが(笑)頭の中では試行錯誤を繰り返し日々悶々としている。いずれにせよ, どう研究がなされているかイメージしづらいのだろう。

理論物理というと, 一人でこもって研究するイメージがあるかもしれない。しかし, 自分の(多くない)経験では, むしろ多様な興味を持った人達と交わる中で, 新しい着想を得て研究を進めることがほとんどだった。私が分野に無頓着で, 色々な理論や手法を組み合わせるのが好きなせいもあるだろう。しかし, この研究スタイルには注意も必要だ。きちんと意識しないといたずらに興味が発散し, 路頭に迷ってしまう。自分の領域を軸にしつつ, 先入観を持たずチャンスを探し, 参入できるところを見きわめる必要がある。

抽象的な話ではイメージが湧かないので, 記憶が新しい直近の研究例を紹介する。物性・統計物理で, ジョセフソン接合の量子散逸相転移という問題がある。教科書にも載っている有名な話題だが, 不勉強な私は博士3年のとき, たまたまベテランの先生に教えていただき知った。興味を惹かれたが, その時は他にやるべきテーマが沢山あり手をつけられなかった。転機は3年後, この話題に関心を持つ学部生と出会ったことだ。一緒に調べると, 理論で予言された相転移が未だ観測されず, ちょっとした論争になっていた。

       
著者が行ってきた研究の概観

一般に理論物理では, 本質を抜き出した抽象化により現象の理解を試みる。この抜き出し方にセンスが問われる。モデルが難しすぎても解けないし, 過度な単純化をすると実際の現象から離れてしまい, 何より簡単すぎると面白くない。今回も基本に立ち返り, 既存モデルの単純化を一つずつ精査した。すると曖昧な仮定が暗になされていることに気づいた。この点を正確に取り扱い, 数値的繰り込み群による解析を行った。結果は驚くべきもので, 教科書とは全く異なる相図が得られた。にわかには信じがたかったので, 原子核理論の手法(汎関数繰り込み群)でも検証したが, やはり同じ結果となった(参照:Phys. Rev. Lett. 129, 087001(2022))。異なるアプローチから独立に同じ予言が導かれるのは, 理論物理のパワーを感じる瞬間であり醍醐味の一つでもある。

別の例を紹介する。臨界現象やトポロジカル現象は, 物性・統計物理で長年研究されてきた中心的話題だ。一方, 量子開放系もまた, 量子光学や原子分子光(AMO)物理で着実に発展してきた重要なテーマだ。われわれは, これら異分野のアイデアの融合により, 非エルミート物理という研究フロンティアの開拓を目指した(参照:Adv. Phys. 69, 3 (2020))。一見関係がない分野の間に隠された繋がりを見出すことが, しばしば革新的な進展に繋がる。

理論物理はもののことわりを明らかにする作法の学問であり, その対象は限りなく広い。前述の繰り込み群や非エルミート物理の考え方も, 最近では機械学習やアクティブマターなどにも波及しつつある。駒場生や理学に興味を持つ学生の皆さん, 理物に進学して, 分野の枠にとらわれない自由な研究をしてみませんか。

 

理学部ニュース2022年11月号掲載

 

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