ブラックホールは重力が強くて光さえも脱出できない天体で,宇宙で最も謎に満ちた天体の一つである。アインシュタインの一般相対性理論に基づき 100 年前に予言されたものの,その性質があまりに常識はずれだったため,当初は理論上の仮想的天体と考えられた。しかしその後,重い星が燃え尽きるとブラックホールになることが示され,また,宇宙で最も明るい天体であるクェーサーが,ガスを吸い込みながら明るく輝く巨大ブラックホールであると考えられるようになった。さらに 20 世紀末には,天の川銀河の中心の星の運動から,400 万太陽質量を持つブラックホールの存在が示され(2020 年ノーベル物理学賞の対象),この 100 年間の研究でブラックホールは疑いようのない存在となった
しかし,長年の研究にもかかわらず,「目で見てわかる」ブラックホールの証拠はつい最近まで得られなかった。「百聞は一見に如かず」「Seeing ,is believing」などの諺のとおり,人間はさまざまな感覚のうち視覚を重視する生き物であり,「ブラックホールがあるなら見てみたい!」と考えるのは科学者も同じである。
そうはいってもブラックホールは光すら吸い込む天体であるから,直接見ることはできない。唯一の方法は,周囲の光を背景にブラックホールを「影絵」として捉えることである。しかも,ブラックホールは見かけの大きさが小さいため,極めて高い視力が必要になる。そのため,我々は世界の電波望遠鏡を組み合わせた地球サイズの望遠鏡 EHT(Event Horizon Telescope)を合成した。直径 11000 km の望遠鏡で波長 1.3mm の電波を観測して,人間の視力で 300 万という値を達成するため,世界の科学者数百人が 10 年以上にわたる時間を費やしてそれを実現した。その結果得られたのが,ブラックホールの影の写真である(図)。左は天の川の中心の巨大ブラックホール(2022 年発表),右は楕円銀河 M87 の中心にある巨大ブラックホール(2019 年発表)である。いずれもドーナツのようなリングと中心部の黒い穴が捉えられている。リングはブラックホールを周回する光が作り出す構造で,中心部の黒い穴がブラックホールの影である。この写真から,光すら脱出できない天体・ブラックホールの存在がまさに視覚的に確認されたのである。
国際プロジェクト EHT(イーエッチティー)が撮影した巨大ブラックホール。左が天の川銀河の中心いて座 A *,右が楕円銀河 M87 の中心のブラックホール。いずれもブラックホール周辺の電波を背景に,ブラックホールが影として捕えられている。下の図は,東アジア VLBI観測網(EAVN,イーエーヴイエヌ)で見た,より大きなスケールの描像で,ジェットの有無が2天体の差として顕著である |
このように 100 年の歳月をかけてブラックホールの存在が確実になった一方で,今後解明すべき謎は依然として多数存在している。たとえば,図の2つのブラックホールはジェットを持つかどうかの性質が大きく異なる。これはブラックホールに吸い込まれるガスの量の差によると考えられるが,ジェットの詳しい放射メカニズムは不明であり,今後の研究課題である。特に,回転するブラックホールからエネルギーを取り出してジェットが加速されているという説もあり,今後の検証が待たれる。また,ブラックホール周辺の物質の動きから一般相対性理論の新たなテストが可能になると今後期待され,万が一理論のほころびが見えれば物理学にブレークスルーをもたらすであろう。この分野では今後,ブラックホール周辺の様子が動画として見えると期待されており,次世代を担う若者の中からブラックホールの謎に挑む研究者が出ることを大いに期待している。
理学部ニュース2022年9月号掲載