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理学部ニュース

岩の隙間に潜む原始生命から生命誕生の謎に迫る

 

鈴木 庸平(地球惑星科学専攻 准教授)

 

 

生命の起源の探求は,地球を飛び出し地球外にその答えを求める時代に突入している。特に,生命を構成する高分子(核酸やアミノ酸等)の生成過程に関しては,最先端の合成技術を駆使した実験に加えて,地球外物質に含まれる高分子の研究が進められている。地球外生命体の探査も,その発見により生命の起源に大きな制約を与えるため,火星や氷衛星の生命探査が計画も含めて進行している。地球で生命が誕生する上で,ある特定の物質が高分子の合成,細胞内と外界との仕切り,さらには細胞内における代謝と遺伝において,重要な役割を果たしたと考えられている。その物質とは岩石と水が反応して形成される粘土や金属硫化物であり,地球外物質からの生命探知においても主要なターゲットである。

地球の生命誕生当時に類似した環境に,粘土と金属硫化物に代表される生命誕生駆動物質が存在する場を「生命誕生場」と定義する。生命誕生当時は,光合成生物が誕生する前の時代で,光合成生物やその代謝産物である有機物や酸素の届かない現在の地球環境を想定する。これまで光合成由来の有機物や酸素の届かない地底に注目して研究を行っており,その成果として,粘土で充填された岩石亀裂中に,人間の腸内と変わらない程の高密度で生息する微生物の発見につながった(理学部ニュース 2020 年 52 巻 2 号「研究最前線」で紹介)。一方,金属硫化物は深海底熱水噴出孔で普遍的に形成し,金属硫化物から成る煙突状の構造物を成す。その構造物は金属硫化物チムニーと呼ばれ,その内部で生命が誕生した仮説が,教科書レベルで有力視される。

現在の地球では酸素に富む深層海水が浸透するため,形成直後は無酸素であった金属硫化物チムニー内部において,「生命誕生場」の条件が満たから生命誕生の謎に迫る岩の隙間に潜む始原生命されていない懸念があった。深海は光合成生物由来の有機物に欠乏するが,チムニー内部が無酸素状態に保たれているかを証明するのが,技術的課題であった。南部マリアナトラフの深海底熱水噴出孔から,無人潜水艇を用いて金属硫化物チムニーを採取し(図上),チムニー内部で微生物でも入り込めるかギリギリの狭い隙間を電子顕微鏡で観察した。その結果,銅まみれの極小微生物(細胞の大きさが 100 nm = 1 mm の 1 万分の1)が密集する姿をとらえることに成功した(図中)。細胞周りの銅は結晶構造を持ち,その構造は酸素により速やかに溶ける性質があるため,隙間は無酸素状態で維持されていることを証明できた(図下)。DNA 配列に基づきチムニー内部に生息する微生物を系統分類した結果,粒界に生息する極小微生物は,普遍系統樹の根本で分岐するため,生命進化最初期に誕生した生命の直系子孫(理学部ニュース 2021 年 52 巻 5 号「理学の謎」で紹介)であることも判明した。

現在,ゲノム解読による詳細な生物情報の収集を進めており,始原的な微生物が語る「生命誕生場」の環境や初期生命進化の話に耳を傾けている。

本研究成果は,H. Takamiya et al. , Frontiers Microbiology(2022)に掲載された。


図:深海底熱水噴出孔で形成する金属硫化物チムニーの写真(上)と,その内部で発見された極小微生物の電子顕微鏡写真(中),チムニー内部に極小微生物が生息する様子のイラスト(下)

 

(2022年6月7日プレスリリース)

 

理学部ニュース2022年9月号掲載


 

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