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理学部ニュース


学術界・産業界以外の キャリアパス 


宮下 哲(物理学専攻/研究支援総括室特任教授・シニア URA)


 


私は科学技術振興機構(JST)からの出向者である。本学で 働いてみて「学生さんたちは自身のキャリアパスを,学術界に残るか産業界に就職するか,の2択のように感じているのではないか」との想いを抱くようになった。そこで本稿では,物理学の博士号取得者として上記以外の第三のキャリアパスを選んだ私自身の経験を元に,出向元のJSTの中でシンクタンク機能を担う研究開発戦略センター(CRDS)について,個人的見解を交えて紹介したい。本稿を読んでくれた学生の皆さんの将来設計の参考になれば幸いである。

CRDSは「我が国および人類社会の持続的発展のため,科学技術イノベーションのナビゲーターを目指すシンクタンク」であり,私が所属したナノテクノロジー・材料ユニットを含む4つの科学技術分野ユニットと,科学技術イノベーション政策ユニットおよび海外動向ユニットを合わせた6つのユニットで構成されている。4つの科学技術分野ユニットの主な業務は,(1)それぞれの分野の研究開発動向・政策動向を俯瞰・分析し,(2)国として推進すべき新しい研究開発戦略を提言することである。

CRDSの活動の土台は「俯瞰」にある。俯瞰的に動向や課題を把握するために,CRDSではさまざまな情報収集を行い,中でも自分の足で稼ぐ情報を重要視している。最も貴重な情報はやはり最先端で活躍する方々の「生の声」であり,国内学会や国際会議などでも得られない情報に接することも少なくない。ちなみに,俯瞰活動の成果をまとめた「研究開発の俯瞰報告書ナノテクノロジー・材料分野(2021年)」では,総勢170名を超える識者の見解を参考にしている。

次のステップは,俯瞰によって把握した動向を分析する中から国として取り組むべき課題を抽出し,戦略プロポーザルという提言にまとめることである。俯瞰活動を踏まえて,各ユニットでは提言化を検討すべきテーマ案を数件抽出し,CRDS全体で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を行なった後,毎年5~10件程度のテーマを深掘り対象として組織的に決定する。テーマごとに戦略プロポーザル作成チームを結成し,チームリーダーを中心として,数十名におよぶ識者へのヒアリングを軸に情報収集・分析や戦略の仮説構築・検証を行う。検討の段階に応じ複数回のゲート審査を経て,全てクリアしたものだけが晴れて「戦略プロポーザル」として発行・公表に至る。チームリーダーにかかる負荷は大きいが,完成したときの達成感は相当のものである。幸か不幸か,私はこれをこれまでに3回経験した。

図:CRDS における「俯瞰」「抽出」「提言」の概要図

戦略プロポーザルは発行・公表がゴールではなく,国の科学技術・イノベーション政策に活かされ,産学の現場で実行に至ってこそ真に価値あるものとなる。それに向けた政策立案者への情報提供や関係省庁における施策検討の資料協力など,活動が続く。最後にCRDSで働くことの醍醐味を述べたい。

CRDSの醍醐味はなんといっても一流(中には超のつく)の研究者や産業界の方々と意見交換を通じて,多様な人脈形成が できる点にあると思う。最新の研究動向に加えて苦労話や悩みを聞くことで,「人となり」も見ることができる。「人は城,人は石垣,・・・」との過去の名言にもある通り,我が国の研究力向上の源泉は「人」であるとの信念を持つ私にとっては,さまざまな立場の方々と交流を持つことこそが,研究力を支える第一歩であり,楽しさを感じる部分でもある。一方,多くの方々を巻き込み,国の政策検討に一石を投じようとするCRDSの業務にのしかかる重責に苦しむ場面も多々あることも事実である。この楽しさと苦しさの共存こそがCRDSの魅力であり,やりがいでもある。

科学技術・イノベーション政策に一石を投じたいと思う若者には,こんな仕事があることも知っていただけたらと思う。

 

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理学部ニュース2022年9月号掲載