「非平衡統計力学」
竹内 一将(物理学専攻 准教授)
須藤 彰三・ 岡 真監修 沙川 貴大著 |
「非平衡統計力学」 |
共立出版(2022 年) |
ISBN 978-4-3200354-85 |
講義で扱う熱力学や統計力学は,熱平衡状態とその近傍を主な対象とする。しかし,自然界には平衡から遠く離れた非平衡状態もそこかしこに見られ,生命をはじめ,非平衡であることが本質的な現象もめずらしくない。そうした非平衡状態を扱う熱統計力学の試みは,今なお活発に研究が続く先端的トピックである。さまざまなアプローチが歩みを進めるなかで,非平衡過程も記述できる「ゆらぎの熱力学」(stochastic thermodynamics) の発展と,測定や操作を情報理論として熱力学に組み込む「情報熱力学」の誕生は,近年の非平衡統計力学の代表的な進展と言ってよい。
本書は,そのような非平衡統計力学の入門書の決定版だ。著者の沙川貴大氏は,情報熱力学の構築を主導し,非平衡統計力学等で活躍を続ける人物である。本書の特長は,とにかく見通しが良いことにある。「ゆらぎの定理」と総称されるさまざまな関係式,熱機関の性能やトレードオフ関係,熱力学不確定性関係などの直近の話題,マクスウェルのデーモンにまつわる紆余曲折と解決などについて,最新の理解に基づき本質が整理され,具体例を交えて極めて平易に解説されている。
本書の内容は,理論も実験も諸方面に展開し,理学部では,上田正仁研究室,伊藤創祐研究室,岡田康志研究室などで関連研究が行われている。非平衡現象は幅広く,潜在的に関連する研究室はもっと多い。本書は,そうした最先端の非平衡統計力学に学部生からでも飛び込ませてくれる,無二の良書となるだろう。
理学部ニュース2022年7月号掲載