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理学部ニュース

地球のウラン・トリウムをニュートリノで測る

 

飯塚 毅(地球惑星科学専攻 准教授)

45億年にわたる地球進化の解明を目指す地球科学において,地球内部の熱源となる放射性元素ウラン(U)およびトリウム(Th)の定量は重要課題の一つである。しかし,われわれが入手できる地球内物質は,地殻及びマントル最上部の岩石に限られ,地球深部のU・Th量を直接測ることは難しい。そこで,「U・Thなどの難揮発性元素の相対濃度は,地球全体と始原的隕石コンドライトの間で等しい」と仮定し,地球のU・Th量は推定されてきた。この「コンドライト質地球モデル」は,地球の形成年代推定にも用いられる地球科学の根幹をなすモデルだが,その妥当性は厳密に検証できなかった。

近年,地球内U・Thが放射壊変時に放出する素粒子ニュートリノ(地球ニュートリノ)を用いて,その存在量が測定されている。質量がひじょうに小さく電磁力を受けないニュートリノ(ν)は固体中でも高い透過性をもち,地球深部のU・Th測定に利用できる。2005年に神岡鉱山の検出器カムランド(KamLAND:The Kamioka Liquid-scintillator Anti-Neutrino Detector)で初めて地球νが観測されて以降データが蓄積され,そのフラックス測定精度は15%にまで向上している。この精度は,地球深部のU・Th量に制約を与え,コンドライト質地球モデルの定量的検証を可能とする.ただし,そのためには検出器周辺の地殻に由来するνのフラックスを独立に同程度の精度で推定する必要がある.地球νの検出確率はその生成場が近いほど高く,地殻はマントルに比べU・Thを高濃度含むため,検出される地球νの大凡半分は日本島弧のU・Th由来と予想される。したがって,マントルのU・Th量推定には,日本島弧のU・Th分布を求めて地殻νを推定することが必要となる。そこで現在,地球科学者と素粒子物理学者が共同で,地殻岩石の化学データと地震波データを組み合わせることにより,この課題に取り組んでいる。

       
地球の模式断面図(右)とKamLANDで観測される地球ニュートリノの起源予想図

地殻はマントルに比べアクセスしやすいものの,入手できる深部地殻岩石は捕獲岩(マグマが上昇する際に火道で取り込んだ岩石)などに限られ,その産出地域は局所的である。一方,地震波は岩石種によって異なる速度で伝わるため,日本島弧の構成岩石種の推定を可能とするが,U・Thなどの微量元素組成を反映しない。そこで,入手可能な岩石から各岩石種のU・Th濃度分布を決定し,地震波データから得た岩石種の空間分布と組み合わせることでU・Th分布を求め,地殻νを推定する。

この地球科学と素粒子物理学の学際研究を実行する上で問題となるのが,いかに地殻νの推定に定量的誤差を付するかである。地球科学ではしばしば,コンドライト質地球モデルのようにもっともありえそうなモデルだけが提示され,その不確定性を定量的に示さない。一方,物理学では多くの場合モデルの取りうる幅を確率密度関数の形で定量的に示す。地殻νの定量的誤差推定には,日本島弧U・Th分布モデルを確率密度関数で書き表す必要があるが,そのためには,実際には極めて複雑に異なる組成の岩石が分布しており,その定式化が困難という問題がある。この問題が解決されれば,地球の熱史と化学組成に従来にない精度で定量的制約を与えることが可能となる。

 

理学部ニュース2022年7月号掲載

 

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