生物の進化は内的要因に制限されている
入江 直樹(生物科学専攻 准教授) |
生物がどんな姿に進化するかは,どのような仕組みで決まるのだろうか。現代進化論では,DNAへの突然変異により親世代と少し違った特徴を持った次世代が生まれ,そこから自然選択や偶発的要因を通して,より多くの子孫を残した個体の特徴が種内に広がることで進化過程を説明する。では自然選択次第で,馬からペガサスのような翼を持った動物を人工的に進化させることはできるのだろうか。数億年の進化の歴史を振り返れば,この可能性は限りなく低いだろう。哺乳類をはじめ,爬虫類,鳥類や両生類など2対の脚をもつ四肢動物のうち,3対目となる脚を獲得した動物はいないのだ(鳥類も前脚を翼に変化させただけだ)。体のサイズや体色を変えることはしばしば起こってきたのだが,不思議なことに,基本的な解剖学的特徴の変化は数億年の進化を通しても起きにくかった。特に,背側に配置される神経管・腹側の消化管・咽頭・神経堤細胞由来の器官などといった基本的な解剖学的特徴(ボディプラン)は脊椎動物の進化を通して変わっていない。長年の議論にも関わらず,この理由は明らかではなく,「ボディプラン変化は生存戦略上それほど有利ではなかったのだろう」といった根拠の乏しい推論に終始しがちな問題だった。
一方,近年の研究でこの問題に対する手掛かりが得られた。受精卵から成体がつくられる発生過程のうち,基本的な解剖学的特徴(ボディプラン)ができる時期は,その前後の発生時期と比べて進化的に多様化してこなかったという法則性(発生砂時計モデル*1)が明らかにされた。言われてみれば当然かもしれないが,ボディプランが進化を通して変化していないのはボディプランを形成する発生段階が変化してこなかったためだったのだ。こうなると次は,このボディプラン形成段階が進化を通して多様化してこなかったメカニズムの解明だ。
1つ1つ候補となる可能性を実験的に検証して消していくうちに,ある理論仮説*2にいきついた。そもそもボディプランが成立する胚段階は,その特徴にバリエーションが生じにくいため,新しい特徴を備えた個体を選び抜いて多様化することができない可能性だ。実は,われわれの過去の研究*3から,ボディプラン形成期は突然変異や環境ノイズに対して頑健であり,遺伝子発現レベルでみてもその特徴は変わりにくいことが判明していた。つまり,環境変動や突然変異を加えてもボディプラン形成期は特徴が変わりにくいのだ。では,環境変動や変異のない条件での安定性はどうだろうか。
今回の研究では,変異や環境変動の影響がほとんどない条件を構築し,この仮説を検証した。脊椎動物の一種であるメダカのうち,ゲノムの違いがほとんどない近交系*4のメダカを用い,さらに同じ親から生まれ,同じ環境で育った同性の子メダカ胚の遺伝子発現情報を大規模解析した。すると,やはりボディプラン形成期がその前後の発生段階よりも差異が小さい,つまり安定だということが判明したのだ。これら一連の結果は,ボディプラン形成期がそもそもバリエーションを生み出しにくいために保存されたという仮説と合致するもので,生物の特徴は安定性や頑健性といった内的特性により多様化が制限される可能性を示している。生物がどんな姿に進化するかが,生物そのものにある程度内在化されているという視点は,現代進化論には統合されておらず,今後進化論の拡張にもつながる重要な知見だ。
本件研究成果は,Y. Uchida et al., BMC Biology. 82, 20(2022)に掲載された。
*1 さまざまな動物の受精卵から成体ができるまでの過程(発生過程)を比較すると,ボディプランが構築される発生段階は,受精卵に近い発生初期や成体に近い発生後期よりも進化的な多様性が乏しいという法則性。現在,複数 の動物門において成立することが判明しているが,同じ動物門に属する動物群においてのみ成立し,動物門を超えては成立しないことがわかっている。
*2 揺らぎ応答理論と呼ばれ,今回の共同研究をともに行った生物普遍性研究機構の古澤力教授らの理論研究から提唱された。大腸菌などの単細胞生物では実験的にも支持されているが,複雑な多細胞生物で成立するかどうかは不明だった。
*3 Uchida et al. EvoDevo 9: 7, (2018) *4近親交配を繰り返して,遺伝的な違いが個体間でひじょうに小さくなった系統。
理学部ニュース2022年7月号掲載