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理学部ニュース

なぜ火星の磁場が失われ,海が蒸発したのか?

横尾 舜平(地球惑星科学専攻 博士課程 2年生)

廣瀬 敬(地球惑星科学専攻 教授)

 

地球と異なり,火星ではどうして磁場が失われたのだろう?この謎を解くには,火星コア中でどうして対流が起き,またどうしてそれが止まってしまったのかを明らかにする必要がある。地球や火星などの岩石惑星の金属コアは,鉄とニッケルに加えてそれらより軽い(原子番号が小さい)元素を含んでいる。火星から来た隕石の研究から,火星のコアは大量の硫黄を含んでいるとされる。さらに現在,探査機インサイトによる内部探査が行われており,昨年には液体のコアを検知したという成果が報告された。その密度が従来の予測よりも小さかったことから,火星のコアには硫黄以外の軽元素も含まれているはずだ。太陽系の惑星形成時には,現在の小惑星帯かさらに外側の領域から,地球や火星へ多くの水が運ばれてきたと考えられている。その水に由来する水素も火星コアの軽元素の有力な候補の一つである。

そこで今回私たちは,火星コアに相当する高い圧力下で,鉄−硫黄−水素合金を溶かす実験を行った。回収した試料の断面を観察した結果,40万気圧(火星コアの底=火星中心の圧力)において3000 K以上に加熱された試料中では,硫黄と水素を共に含む1種類の液体が存在していた。一方,それよりも低い温度へ加熱した試料では,水素に富む液体鉄と硫黄に富む液体鉄が,水と油のように分離している様子が観察された(下図)。現在の火星コアの温度圧力は,液体が2つに分離する条件にあたる。

  図:(上)火星コアに相当する高圧高温下で,水素に富む液体鉄と硫黄に富む液体鉄が,水と油のように分離している様子を示す実験試料。(下)液体の分離による火星コアの対流の促進(磁場の形成)と抑制(磁場の消滅)の概略図

火星形成直後の初期の火星コアは現在よりも高温であったはずだ。高温下で均質な液体であった火星コアが冷え始め,やがてコアの底(火星の中心)で液体の分離が始まった(下図)。重い方の液体が底にたまる一方,軽い方の液体は浮き上がる。これが火星コアの対流を促進し,火星磁場が発生した。しかし,冷却が十分に進みコアの大部分で液体の分離が起きると,重い液体ほど下にあるという重力的に安定な成層構造ができるため,今度はコアの対流を抑制し火星磁場を消失させた。このように,火星コアに硫黄と水素の両方が含まれているとすると,火星における磁場の発生と消失の両方のメカニズムが説明できることがわかった。

今後,火星の内部探査がさらに進み,コア中での成層構造が見つかれば,本研究のシナリオを検証することができる。またそれが,火星を作った材料物質や惑星形成プロセスを教えてくれると期待される。

本研究成果はS. Yokoo et al., Nature Communications 13, 644(2022)に掲載された。 

(2022年2月3日プレスリリース)

理学部ニュース2022年5月号掲載


 

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