我々の身の回りにあるすべての物質は原子から組み上がっており,その種類・数・結合様式に応じて実に多彩な構造や性質を示す。化学研究の究極の目標の一つは,周期表上の原子を自由自在に組み上げることによって,狙った構造や物性を持つ物質を創り出すことであろう。私たちの研究室では,物質の新しい基本単位として「金属超原子」と呼ばれる特定の個数の金属原子が集まってできた,直径1ナノメートル程度の微粒子に着目し,体系化に取り組んでいる。本稿では,金属超原子を使ってナノスケールの新しい「分子」を作る試みを紹介する。
そもそも超原子とは何か。ここでは代表例として知られている,13個の金(Au)原子からなる正二十面体形のAu13超原子について説明しよう(図A)。Au13超原子内の電子は,13個のAu+イオンの集団による束縛ポテンシャル内に形成された超原子軌道(飛び飛びのエネルギーを持ち,安定な方から順に1S, 1P, 1D, 2S,…と呼ばれる)に収容されている。この超原子軌道を原子軌道(1s, 2s, 2p, 3sなど)と比べると,興味深いことに,同じアルファベット記号を使って表記される軌道同士は類似した形状を持ち,個数は一致する。つまりAu13超原子は,8個の電子を持つ時,(1S)2(1P)6という希ガス原子に類似した閉殻の電子配置を形成することで,特異的に安定となる。このように一般的な原子と類似した階層的な電子構造を持つことが,超原子と呼ばれる所以である。金超原子の電子構造は構成原子数に対して周期性を示すので,周期表として体系化できるであろう。
金属超原子は,有機配位子で表面をコーティングすることで安定化合物として取り扱うことができる。超原子が合成できるのであれば,それを使って分子(「超分子」と区別するために「超原子分子」と呼ぶ)を作ってみたくなるのが化学者のサガである。ただし,ここで言う超原子分子とは,超原子の元々の構造を残したまま一部を共有して連結した構造体のことを指す。例えば,2個のAu13超原子が1原子あるいは3原子を共有することで連結したAu25やAu23などの超原子分子が報告されている(図B)。しかし,これらの超原子分子は,超原子を合成する際の副生成物として偶然得られたものである。そこで我々は,あらかじめ個別に合成した超原子を融着させることで,さまざまな超原子分子を狙って合成する方法を開発した。我々が着目した出発物質はAu9超原子である。このAu9超原子は扁球型の構造を持つため3つの1P軌道のうち一つが不安定化し,(1S)2(1P)4という準閉殻の電子配置を持っている。これにヒドリド(H-)を付着すると,閉殻電子配置(1S)2(1P)6を持つHAu9超原子へと変換され,求核的な反応性を示すようになる(図C)。実際に,HAu9超原子とAu13超原子を混合すると,双二十面体構造のAu23超原子分子が高選択的に得られた。この結果は,超原子にヒドリドを付着して活性化することで,他の金属超原子との融着を誘起できることを示唆している。実際にこの方法を,合金超原子Pd@Au8とM@Au12 (M = Pd, Pt)の反応に適用し,前例のない合金超原子分子PdMAu21を合成することに成功した(図D)。
図:(A)Au13超原子の構造の模式図。(B)Au超原子分子の例。(C)ヒドリド付加によって活性化されたHAu9超原子の構造の模式図。(D)融着反応によって合成した合金超原子分子の例。各超原子軌道に逆向きのスピンをもつ電子が2個ずつ収容されている様子を,青色の矢印の対で表した。図中のすべての構造の表面は有機配位子で覆われているが,省略して簡略化している。図は,高野慎二郎助教提供 |
超原子はどんな結合様式を取りうるのか,どれほど多様な構造の超原子分子が合成できるのか,超原子分子はどんな特異的な物性を示すのか,など我々の興味は尽きない。ナノ化学の謎を解き明かすための冒険に参加しませんか。
参考文献
1) S. Takano, et al., “Chemically Modified Gold/Silver Superatoms as Artificial Elements at Nanoscale: Design Principles and Synthesis Challenges,” J. Am. Chem. Soc. 143, 1683. 2021
2) E. Ito, et. al., “Controlled Dimerization and Bonding Scheme of Icosahedral M@Au12 (M = Pd, Pt) Superatoms, ” Angew. Chem., Int. Ed. 60, 645. 2021.
理学部ニュース2022年5月号掲載