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理学部ニュース

理系出版社と昨今の出版業界

石原 真吾(地球惑星科学専攻 技術職員)

 

私が学生だった20年前と比べ,昨今の大学生の読書時間が顕著に減っている。全国大学生活協同組合連合会が毎年実施している学生生活実態調査「読書時間」の結果だ。

私の前職は,歴史ある理工系出版社の企画編集職である。私立大学の技術職員・助手となって5年目の任期満了目前で,さて,次に何をしようと考えたとき,人生でもっとも多く読んだ理工学書の出版社の門戸を叩いていた。

入社後は,OJT(On-the-Job Training)で編集技術を覚えた。編集の流れを図にまとめる。努力してはいたが,編集自体は未経験,かつ,当時30代半ばであり,生え抜きの編集者には,編集技術という点においては5年10年程度では到底敵わないだろうという焦りがあった。そこで,差別化を図るため,理系スキルを武器にした。

出版業界は基本的に文系の世界である。勤め先は理工系出版社ということもあり,とある分野で専門性も持つ編集者が,その専門の書籍を担当,すなわちITの書籍を情報科卒が,電気の書籍を電気関連資格所持者が担当という傾向が比較的多くみられた。他社より恵まれていたが,それでもバックグラウンドがマッチしていたのは少数である。そこで私は,幅広い理系的な見地から,ロジカルな紙面にし,問題集であれば全問題のゼロからの検算,理工学書であれば全式展開のチェックを行った。

さて,文頭の話題に戻るが,社内ではよく,最近の学生は本を読まないからとにかく図解でわかりやすい紙面構成にせよ,との指摘を受けた。私が学生だった20年程前,大学受験講師がかみ砕いて解説する大学生向けの理工学書がブームであった。今やこれは目新しいものでなくなり,さらにこれまでよりわかりやすい理工学書が増えている。幸い東大は書籍部が大変充実しているため,さまざまな書籍をぜひ手に取って確認してほしい。

ここまでが出版社視点であるが,著者視点ではどうだろうか?ご存じの通り,出版業界は縮小傾向にあり,直近では新型コロナウイルス禍における巣ごもりで若干上向きになったものの,依然として出版不況である。

従来著者の印税率は10%前後であり,景気の良い時代は,初版全部数分の印税が発行当初に支払われていた。一方現在は,印税率こそ変わらないものの,初版に対し50%程度の保証部数分を支払い,残りは売れた分だけというところが多い。逆に伸びているのが電子書籍であり,近年でははじめから出版契約書に「電子書籍の売上の20%を印税として支払う」などと明記する場合が多い。

 

編集の流れ。1冊ができるまでに著者,組版,印刷業者,デザイナー営業部等,さまざまな関係者との綿密なコミュニケーションが必要となる。

理工学書の最近の流行としては,執筆者の個性を前面に押し出したものが増えている。特に東大はネームバリューがあるため,「東大の先生!文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!」(かんき出版,2019/1)の大ヒットに見られるように,出版業界から目を付けられやすい。

私は,このような大学名を表立たせた書籍であっても,読者の学問の裾野を広げることに貢献するため,好意的にとらえている。教職員方は,出版のお声がかかったら,ぜひとも前向きに考えていただきたい。また逆に,出版社への企画の持ち込みは想像以上に断られることが多いと思うが,気を落とさず,さまざまな出版社で挑戦してほしい。

学生の皆さんは,良い読書ライフを!それに加えて教職員の皆さんは,良い執筆ライフを!

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理学部ニュース2022年3月号掲載

 

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