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理学部ニュース

乳酸は実は重要物質  – 乳酸センサーの開発

那須 雄介(化学専攻 助教)

Robert E. Campbell(化学専攻 教授)

 

私たちヒトを含む生物は、食物など外部から得られたエネルギーを細胞間で伝達することで各細胞(筋細胞, 神経細胞 etc.)の活動に必要なエネルギーを供給し, 細胞の集合体である個体としての活動を維持している。これまで長い間, ブドウ糖としておなじみのグルコースが主要な細胞間伝達エネルギー物質であり, 乳酸はグルコースの単なる代謝副産物と考えられてきた。このような乳酸に対するネガティブな見方は, 乳酸と疲労の関係性というスポーツ科学における古典的知見に起因することも大きく, 未だに一般社会に多く見られる。しかし近年, この乳酸が細胞間でやりとりされてエネルギー物質として再利用されているのではないかという説(「乳酸は実は重要物質」説)が提唱され, 乳酸の役割が見直されつつある。この「乳酸は実は重要物質」説を検証するためには, 細胞と細胞の間を行き来する乳酸の動きを観察する必要がある。しかしながら, それを可能とする方法がなく「乳酸は実は重要物質」説の検証は困難であった。

乳酸という物質そのものは色もなければ発色もしないので, そのままでは生体内の乳酸の動きを観察できない。しかし, 乳酸に反応して光るセンサーが開発できれば乳酸の動きをリアルタイムに観察可能になるだろう。そこで私たちは, 緑色に光るタンパク質(GFP)と乳酸結合タンパク質(TTHA0766)を融合し, タンパク質工学による多くの改変を施した。その結果, 乳酸濃度依存的にその緑色光の強さを変化させる乳酸センサーeLACCO1.1を開発することに成功した(図上)。eLACCO1.1は哺乳類の様々な組織で乳酸観察を行うことが可能である(図下)。

  図:(上)乳酸センサーeLACCO1.1の模式図。乳酸を感知すると緑色の光が強くなる。まるで栄養源である乳酸(貝)を捕捉して喜ぶラッコみたい?(下)さまざまな生体試料におけるeLACCO1.1のイメージング画像。

「勉強するときは糖分を摂りましょう」と言われたことがある読者もいるかもしれない。これは, 脳内の神経細胞(ニューロン)がその活動に必要なエネルギーに糖分(グルコース)を利用する, という考えから来ている。しかし「乳酸は実は重要物質」説では, ニューロンは他の細胞から分泌された乳酸を受けとって主なエネルギー源としているとされる。これは従来の常識を覆すものである。これからは勉強するときに乳酸を摂ったほうがよいのか?今回私たちが開発した乳酸センサーeLACCO1.1が「乳酸は実は重要物質」説の解明に寄与し, グルコースを中心とした代謝学の教科書の常識を書き換える端緒となることが期待される。

本研究成果はY. Nasu et al.Nature Communications 12, 7058(2021)に掲載された。 

(2021年12月6日プレスリリース)

理学部ニュース2022年3月号掲載


 

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