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理学部ニュース

超える力

東山 哲也(生物科学専攻 教授)

パンやラーメンを作るためのパンコムギ,木綿の衣類を作るためのワタ,食用油やバイオディーゼルを得るためのセイヨウナタネ,これらに共通する特徴は何かわかるだろうか?いずれも種の壁を越えた受精により誕生した植物である。植物は種の壁を越えた受精により異質倍数体と呼ばれる新種を作り出す能力が高く,これは適応進化および育種における大きな原動力の一つである。異なるゲノムが交わることで新たな形質が生まれ,両親が進出できない新たな環境に進出したり,農業に革新をもたらしたりする。

植物の種の壁を超える力を理解するためには,研究者にも分野の壁を超える力が求められる。新種誕生の場となる「花」は,受精を行い種子や果実を作り出す器官である。花の内部で起こることの研究は難しく,細胞の挙動や受精を制御する分子群,異種のゲノムが交わったときに生じる遺伝子発現ネットワークの変化は,大きな謎に包まれてきた。さまざまな顕微鏡技術がノーベル賞を受賞しているように,異分野の知見や技術は生物学に突破口をもたらす。新種誕生に関する研究を進めるためには,化学,物理学,情報学,工学など,多くの異分野の力が必要となる。

私は大学院生のころから「顕微鏡下で自由自在に」をモットーに,植物の受精の研究に取り組んできた。必要な装置や方法がなければ自分で作るという所属研究室の方針のもと,「一人異分野融合」を進めてきた。大学という場は,学術誌だけでなく,図書や科学機器メーカーなど,さまざまな情報源にアクセスしやすい創造的な場である。そして若い学生やポスドク研究者の特徴である自由な発想,吸収力,没頭できる時間も,新たなことに挑戦して一人異分野融合を達成するための強みである。私の場合は,植物の受精を初めて映像として捉え,140年に渡って探索されてきた,植物の卵に花粉管を引き寄せる花粉管誘引物質の発見につながった。

この花粉管誘引物質の発見が,一人ではできない異分野融合研究を体験するきっかけとなる。一つ屋根の下,同じ研究室にナノ工学や情報学のスペシャリスト達が一堂に会する機会に恵まれた。新たな結果が次々に生まれる面白さを知り,さらには建物を丸ごと設計しての化学と生物学の融合研究拠点を,同世代の研究者達と前所属の名古屋大学で立ち上げた。花粉管誘引物質は,同種の花粉管を選択的あるいは優先的に誘引する種認証分子でもある。花粉管誘引物質に加え,種の壁を超えるために必要な花の中で働く分子群の発見と分子的理解が飛躍的に進んだ。異分野融合の取り組みは,植物新種誕生の原理にまつわる研究プロジェクトとして,全国の研究者にも波及して成功をおさめた。

しかし「顕微鏡下で自由自在に」の満足にはほど遠い。大学院時代を過ごした生物科学専攻に戻り,生きたまま見ることのできない細胞内部の詳細まで捉えたいと,物理学専攻の岡田康志先生の研究室と顕微鏡の開発を進めている。異分野融合研究を多く進めてきて,その醍醐味はワクワク感であると実感している。多くの学生が分野の壁を超える力を養い,ワクワクを体験できるよう,新棟にも夢を膨らませつつ相応しい場の提供に取り組みたい。

       
高校生のための冬休み講座2020より

理学部ニュース2022年3月号掲載

 

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