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理学部ニュース

2021年ノーベル物理学が気候変動の地球物理モデル研究に贈られた。自然界の複雑な相互作用を解きほぐすことで,人類がまだ経験していない地球の未来をある程度正確に予測できるようになったと評価されたのである。実は地震発生現象についても,自然界をモデル化することで,従来の経験主義とは別の方法論で,ある種の予測ができつつある。モデル化では現象の背後にある本質的要素を取り出し数式化する。綺麗に単純化せず適度に泥臭いモデル研究により,断層の形が一つのカギであることが見えてきた。

地震とは,地球表層で運動する硬い岩石でできたプレートが,変形で生じた力により破壊される現象である。地震は地球表層で一様に発生するのではなく,プレートの境界や内部にある弱面=断層面が,ずれ動く(滑る)ことで生じる。日本列島の活断層などは,数百万年以上の歴史の中で幾多の地震を伴い徐々に形成され,現在の個性的で複雑な3次元形状を持つに至っている。

地震発生現象は,固液相転移に似ている。断層面に働く力が徐々に増加し,断層面を固着させる静摩擦力(臨界点)に達すると,固体のプレートは破壊し始め(局所的に)流動する。ある断層での地震の発生時刻を予測するのは,目前の氷が解け始める時刻を,温度計測なしでピッタリ当てるようなもので,難易度が高い。一方,そこでのあり得る地震規模を予測するのは,氷の温度の範囲を見積もるようなもので,比較的取り組み易い。さて,地震はどこまで予測可能だろうか?

摩擦力は実はかなり複雑だが,高校でも習う摩擦係数の値の範囲は予測できる。地下深部に働く力の直接計測が容易でないことが地震発生予測の難しさの一因だが,力の向きなどは日々生じる微小地震の観測から推定できつつある。断層の形は,地形判読や地下探査によって各地で地図化が進む。ここで,断層の形と力の向きが重要である。様々な向きの断層で一つの平面的でない断層系が出来ていると,断層面に働く力には場所ごとの強弱が生じる(図参照)。従来は断層系全体の形をエイヤッと平面で近似しがちだったが,実際の形を丁寧に考慮すると,臨界点への近さ(破壊しやすさ)の空間変化が分かるため,破壊・滑りが断層系のどの範囲で生じるかという地震規模の予測の手掛かりとなる。

  断層面と力(最大圧縮応力)の向きの関係が,断層が破壊する臨界状態への距離の指標となる.互いに斜交すると断層をずらすせん断応力が大きく臨界状態に近く,直交すると断層を押さえつける法線応力が大きく遠くなる。断層系内に臨界状態に近い断層面が密に存在すると大地震を起こす。実際の断層の形をモデル化することで,大地震の規模や断層滑り分布が再現できつつある。  

このような物理モデルの予測性能の検証が,世界中で発生した大地震の観測データとの比較を通じて,安藤研究室など各国のグループで行われている。対象とする断層の形と地震前の力を観測で上手く決定できれば,大規模計算機を用いたシミュレーションによって,実際に観測された地震発生の様子が上手く再現できることが分かりつつある。破壊の開始はまだ難しいが,断層が大きく滑る場所や破壊が停止する場所は,自然と再現されるのである。複雑な現象が,断層の形の効果として見通し良く理解できるようになってきた。

シミュレーション手法と計算機能力,観測技術の発展で,地震モデルは自然界の複雑性をますます多様に再現していくようになると期待される。時間予測には,歴史学や地質学による過去の地震のデータ収集,僅かな時間変化を検知できる高感度な地球物理観測の発展が必須である。本質を捉えたモデル化で地震の予測問題に多様な道を見つけるのが,南海トラフでの大地震も想定される中での重要課題である。

理学部ニュース2022年1月号掲載



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