数学,物理の男性イメージは何が原因か
横山 広美(カブリ数物連携宇宙研究機構 教授)
理学部で特に女性が少ない学科は数学,物理,情報科学などである。なぜだろうか。こうした社会現象を学術的に説明することができるだろうか。2017年,国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(通称:カブリIPMU)に着任が決まった際に,当時の機構長だった村山斉さんにこれをテーマに研究をして欲しいと要望された。突然のまったく異なる研究分野に着手するのは躊躇があったが,村山さんの熱意と社会的意義,専門にする科学技術社会論(STS)の観点から,教育学系とは異なる社会要因に注目した研究を考え,政策のための科学という人文領域の予算を獲得して3年半のプロジェクトを率いた。メンバーは心理学,教育経済,科学教育など男女半々の6名である。
現在までに9本の論文にまとめたが,数学や物理学は他の分野と比較すると男性イメージが強いことがわかった。では,どのような要素がそれらの分野の男性イメージを強めるのだろうか。私たちが注目したのが教育心理学分野のレヴュー論文である(Cheryan 2017)。アメリカで物理,コンピューターサイエンス,工学が生物や数学と比較して女性が少ない理由を100本近い論文を元に,3つのグループ①男性的なカルチャー,②幼少期からの経験,③自己効力感の低さ,にグループ化している。(アメリカでは数学は女性が多い方に分類されることに注意)
私たちはこれを元に2点のオリジナリティをもって全く違う研究に発展させた。1点目として,日本がジェンダーギャップ指数の低い国(2021年度120位/156か国中)であることを考慮し,①から ③に,④社会風土(social climate)を加えた。男女不平等が効いていると疑ったためである。2点目 として,①から④のすべての項目をバラバラではなく同時に,どの要因が一番に物理や数学の男性イメージに効くか,日本とイングランドで一度に約1000人ずつから各項目のデータを取得し解析した。
その結果,数学,物理の男性イメージにもっとも強く影響しているのは,①の中の項目で,就職の男性イメージに加えて,数学は男性が優位であるという間違ったステレオタイプ,優秀さは男性のものという考えだった。これに似たものであるが,新たに加えた④の項目で,優秀な女性を好まない人たちが,数学に対して男性イメージを持つことがわかった。さまざまに日本社会的に組み込まれている排除の影響が,統計的にはっきりと出た(Ikkatai et al. 2021a)。
上記の結果を元に,どういう情報提供をしたら理系進学に前向きになるか,中学1年生の男女に対して行った。就職情報に加えて,平等情報と数学ステレオタイプ解除の情報を与えたところ,女子生徒のみならず男子生徒も理系進学に前向き態度を見せた(Ikkatai et al. 2021b)。ぜひこの結果を皆さんの活動に活用していただけたら嬉しく思う。
2019年度からスタートした文部科学省卓越大学院プログラムFoPM(変革を駆動する先端物理・ 数学プログラム)では,村山さんと一緒にダイバーシティ・倫理セミナーを行い学生にも大変好評だった。日本の男子学生もアジア人ということで世界の中でマイノリティになる局面もある。よりよい環境づくりに何が貢献できるかを共に考えている。 また,カブリIPMUは大栗博司機構長のリーダーシップでダイバーシティイニシアティブという活動を始めた。見えない壁を取り払ってすべての人から学術のアクセスを良くする,それをもって学術を発展させることが目標である。海外では数学を学ぶ学生は,将来の収益が良いという報告もある。しかし原点は,学術の「機会の平等」を保つことであることを忘れてはいけないと思っている。
Ikkatai, Y et al. , Public understanding of science 30, 810 2021a
Ikkatai, Y et al ., PLOS ONE 16 6 , e0252710 2021b
理学部ニュース2022年1月号掲載