強いレーザーの拓く世界
岩崎 純史(超高速強光子場科学研究センター 教授)
最近,高強度超短パルスレーザー技術の発展にともない,100 アト秒 (1 アト秒 = 10-18秒) 〜100 フェムト秒 (1 フェムト秒 = 10-15秒) の時間内で起こる物質中の電子の励起や,その後の電子エネルギーの分配,運動への変換といった超高速過程を実時間で計測できるようになった。 ここで,高強度超短パルスレーザーを集光して発生した強度1013 W cm-2を超えるひじょうに強い光電場を強光子場と呼ぶ。実際,これまでにさまざまな物質について,高強度超短パルスレーザー照射によって電子励起され,その後の振動運動や解離過程などが時間分解分光(ポンプ・プローブ)計測によって実時間計測されおり,物質の電子励起がその後に起こるさまざまな過程を運命づけている様子が明らかになりつつある。
この研究で重要な役割を果たしているのがレーザーであるが,私がレーザーに興味を持ったのは,学部で配属された研究室にあった窒素レーザーと色素レーザーを目の当たりにした時だった。色素レーザーから発振した単色で強い可視域レーザー光は,それまで見たこともない鮮やかな緑色や赤色をしており,スペックルによって文字通り輝いて見えた。そんなレーザー光を駆使して物質の性質や運動の様子を研究することは自分にとっての天職に思えた。大学院では近赤外波長可変レーザーの組立てをテーマとして与えられたが,化学科出身の私には何故可視光レーザーが近赤外波長に変換されるのか十分に理解できず,物理や工学分野のさまざまな文献を読み漁って苦労して理解したことを覚えている。学位取得後,博士研究員としてカナダのラバール大学の物理学科で研究することとなり,高強度超短パルスレーザー用いたさまざまな研究テーマに出会った。化学出身ながらレーザーに関連するさまざまな分野を渡り歩いてきたが,自分自身の出身学科の垣根は感じたことはなかった。自分が物理学の分野と思っていたレーザー科学分野は,物理,化学,電気,機械工学の幅広い分野に跨っており,自分が学び,考えてきたことが,どこで研究するにしても役に立った。
近赤外レーザー光の高調波発生装置と極端紫外光パルスを用いたレーザー加工の実験装置。 |
最近では,われわれの研究グループでは,近赤外レーザー光を高次高調波発生によって波長変換した極端紫外光パルスを用いて,物質の加工を行なっている。レーザー高次高調波光源ではパルス1つあたりのエネルギーが自由電子レーザーと比較して10-3程度低く,物質の加工には難しいだろうと思っていたが,工学系研究科精密工学専攻の先生との共同開発によって極端紫外レーザー光を0.5μm以下に集光する技術を開発し,金属など高融点の材料でも加工できることがわかった。研究グループでは,極端紫外レーザーパルスを用いたさまざまな応用研究の他に,高強度超短パルスレーザー開発やアト秒時間スケールでの物質の時間分解計測法の開発を行なっている。これらの技術の融合によって,物質の新しい性質や物理・化学現象の本質を観察したいと思っている。
理学部ニュース2021年11月号掲載