プリンストンの爽やかな風
山形 俊男(東京大学名誉教授) 

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地球流体力学研究所(Geophysical Fluid Dynamics Laboratory:プリンストン大学フォレスタルキャンパス)

真鍋淑郎博士のノーベル物理学賞ご受賞は,理学部地球物理学科(現在の地球惑星物理学科)の後輩としてとても誇りに思います。真鍋博士は,1957年に正野重方教授の下で気象学の学位を取得後,すぐに米国気象局(現在の米国海洋大気庁)の地球流体力学研究所に移り,地球温暖化予測の研究で半世紀以上にわたり世界をリードしてきました。地球環境の劣化は人類社会の持続可能性を惑星スケールで脅かすまでになっていますから,未来の気候を科学の法則に基づいてシミュレーションできるようにした業績は素晴らしいものです。ノーベル賞選考委員会がこうした複雑系の科学に光を当てたのは画期的なことだと思います。人工知能の祖ともいうべきジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)は,気候の変化が深刻になることを予見し,「気象や気候の問題は核の脅威やその他の戦争より,すべての国の関心 を一つにするだろう」と述べていますが,まさにその時が来たのだと思います。

真鍋博士の所属する地球流体力学研究所の由来は,汎用型計算機の歴史と軌を一つにしています。これは,フォン・ノイマンが汎用型計算機の最初の応用分野として天気予報を選んだことに関係しています。エイブラハム ・フレクスナー(Abraham Flexner)が「役に立たない知識を自由に探究する場として」 プリンストンに設けた高等研究所において, 初めて計算機を用いた天気予報の実験が行われたのです。フォン・ノイマンはこの成功に自信を得て「究極の予報」,すなわち気候の予報をめざす研究所の設計を開始しました。 背景には核の冬への備えがあったのかもしれ ません。こうして1955年にワシントンDCの米国気象局(当時)に地球流体力学研究所が設けられ,ジョセフ・スマゴリンスキー (Joseph Smagorinsky)が初代所長に任命されました。スマゴリンスキー所長は大気大循環モデルの開発を真鍋博士に,海洋大循環モデルの開発はカーク・ブライアン(Kirk Bryan)に任せました。二人は大気と海洋の大循環モデルを結合し,フォン・ノイマンが 夢見た地球気候の研究を始めたのです。1967年,スマゴリンスキー所長はフォン・ノイマンが気候研究の着想を得た地,プリンストンに研究所を移し,プリンストン大学との連携を強化して,アカデミックな雰囲気の中で学際的な気候研究を推進できるようにしました。 これは英断だったと思います。その後の計算機の能力の急速な進展で地球気候をまるごと,そしてその季節性までも再現できるようにな り,二酸化炭素濃度を人為的に倍増した場合の世界各地の気候への影響も調べることが可能になりました。こうして現在気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で使われているモデルの基盤が整ったのです。

私が地球流体力学研究所に滞在した1980年代は,エルニーニョなどの気候の自然変動の解明が注目されるようになりました。スマゴリンスキー所長はこうした自然変動の研究は身近な社会活動に直接的に貢献するものとして理解し,応援してくれました。

2017年10月31日に開催された特別講演会「地球温暖化と海洋」にて。左は真鍋博士,右は筆者(主催:笹川平和財団海洋政策研究所、後援:東京大学大学院理学系研究科、海洋研究開発機構)

役に立たないと思われる知識は,好奇心と自由な発想に基づいて研究に没頭する科学者の天国で生まれると思います。一方で科学者は応用への関心も持ち合わせている必要があるでしょう。社会への応用の意識は健全な科学の発展を促すことになるからです。スマゴリンスキー所長は,このような基礎科学と社会の関係性の豊かさについてもよく理解されていたように思います。真鍋博士を筆頭に, 世界各地からプリンストンに参集した研究者群像が好奇心に基づいて伸び伸びと研究を展開し,さまざまな立場で連携して人類の未来社会の設計に貢献しているのは,スマゴリンスキー所長がプリンストンの地にもたらした自由で爽やかな風の効果が大きかったのではないかと思います。

理学部ニュース2021年11月号掲載

 

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