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理学部ニュース

真鍋先生と気候の研究
升本 順夫(地球惑星科学専攻 教授)

好奇心に満ち溢れた子供のよう。大先輩である真鍋先生に大変失礼ではありますが,長い間論文でしか存じ上げなかった先生に初めてお目にかかった私が持った印象であり,多くの方にご賛同いただけると思います。しかし,地球の気候がどのように決まっているのか,どのように変わって行くのかを研究する上で,真鍋先生の論文を避けて進むことは不可能な,気候研究分野の巨人と言っても良いでしょう。 その真鍋先生がノーベル物理学賞を受賞されるというニュースが世界を駆け巡りました。このたびのご受賞を,心よりお祝い申 し上げます。

真鍋先生は,地球における気候を考える上で重要な放射対流平衡の物理モデルを考案し,さまざまな放射吸収気体が存在する地球大気に対する太陽放射エネルギーのインプットがどのような気温分布をもたらすか,それに対して放射吸収気体がどのような影響を与えているのかを,コンピュータを用いた数値モデルで明らかにしています。 鉛直一次元の大気モデルから大気と海洋を結合させた三次元の気候モデルへと発展させ,気候の変動や変化を定量化するとともに,信頼性の高い地球温暖化予測の基盤を構築してきました。これらのご研究を通じて複雑系の代表的な例とも考えられる気候の物理に関する我々の理解に多大な貢献をされてきたことが受賞理由となっています。

真鍋先生のこれまでのご研究を改めて見てみると、複雑な現象の本質を残した形で可能な限りシンプルに考えてモデル化する,というスタイルを貫かれています。これはまさに物理学の目指すところと言えるでしょう。本質を見抜く鋭い眼を持ち続け,現在もなお活発に研究されていることに驚きを隠せません。偶然か必然かは分かりませんが,興味の対象が超複雑系とも言える地球の大気や海洋,そしてそれらが織りなす気候であったことは、私たちにとって幸いだったのかもしれません。真鍋先生が研究を始められた1950年代後半から60年代にかけては,大気や海洋の数値モデルの構築と数値計算手法の大きな進展があった時代でもあり,この大きな時代のうねりと真鍋先生の好奇心や物理的なセンスがタイミング良く交差したとも言えます。気候の変化のメカニズムを見出すことの1つとして, 地球の温暖化という将来を見据えた予測科学の先駆的研究をなされましたが,同時にその興味は過去にも向かい,地球の古気候研究においても多くの成果をあげられています。同じ境界条件のもとでも,初期条件の違いで全球海洋の表層から深層まで到達する子午面循環が現実的な場合と極端に弱まる場合が現れ,地球全体の気候に大きな影響を与えていることを示した論文を読んだ時の衝撃を忘れることができません。

お若い頃の真鍋先生。左は米国海洋大気庁地球流体力学研究所にてスマゴリンスキー所長(右側),ブライアン博士(左側)と共に(1969年)。右の撮影年・場所は不詳。 写真提供:地球流体力学研究所

地球温暖化の問題は,私たちの生活を含めたさまざまな社会経済活動へ計り知れない影響を及ぼすため,出口側の視点から環境問題として扱われることも多いのですが,今回の受賞は,その理解と予測には物理学が基盤となっているという重要なメッセージと受け止められます。真鍋先生のご研究により,地球の気候が持つ複雑さに関する我々の理解度は深まってはいますが,当の気候は依然複雑なまま,私たちのやることを泰然と受け流しているようです。地球の気候を取り巻く条件が変わって行く中で, 大気や海洋のさまざまな現象がどのような影響を受け,それらが互いに関連しあってどのように気候を変えて行くのか,真鍋先生のご研究をベースとして,更なる理解が求められています。

理学部ニュース2021年11月号掲載

 

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