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理学部ニュース

金星の夜の風を見る

福谷 貴一(地球惑星科学専攻修士課程(研究当時))

今村 剛(新領域創成科学研究科/地球惑星科学専攻兼務 教授)

 


金星は濃い二酸化炭素大気に包まれており,温室効果のために地表は460℃という灼熱の世界である。高度60km付近には硫酸の雲が隙間なく浮かび,「超回転」と呼ばれる100m/sに達する暴風が,ゆっくりとした自転の60倍の速さで金星全体で吹いている。地球とほぼ同じ大きさの金星がこれほど異様な環境を有することは,地球をはじめ惑星の環境はどのようなしくみで作られるのかという問いを投げかけている。惑星全体をおおう雲や大気の超回転は,金星の他にも,土星の衛星タイタンや,太陽系外の惑星にも存在することがわかってきた。地球のすぐ隣にあって詳しい調査が可能な金星は,共通する大気現象を有する惑星たちを理解するためのリファレンスとなっている。

金星大気の運動はこれまで,太陽光によって照らされた雲の動きからおもに推定されてきた。それでは当然,夜間の風はわからない。もちろん超回転は夜間にもあるが,知りたいのは,超回転する大気中で生起する大気現象である。たとえば昼間の雲頂には赤道から両極へと向かう10m/s前後の流れがある。この極向きの流れは,約40年前の発見当初,赤道域で日射により暖められた大気が上昇して高緯度に向けて流れる「ハドレー循環」をとらえたものと解釈された。しかし近年は,日射加熱が励起する流体波動である「熱潮汐波」 の一部分をとらえたものという解釈もあり,それぞれの寄与はわかっていなかった。ハドレー循環は昼夜全ての南北風を平均した流れであり,熱潮汐波は昼夜の風の違いをもたらす波である。前者は熱と物質の循環を担い,後者は運動量を輸送して超回転の維持に働きうることから,金星気象学の主たる興味の対象であり続けてきた。これらの解明のためには風を昼夜の区別なく計測せねばならないが,これまで実現しなかった。

図:(左)地方時と緯度についての風速の分布。超回転成分を差し引いてある。(右)雲層付近の循環のイメージ。超回転に重なるように,昼側と夜側に反対方向の南北の流れがある。  

今回私たちは,雲が発する赤外線を探査機あかつきに搭載された赤外線カメラで撮影し,昼夜の区別なく雲の動きを可視化することに成功した。 その結果,夜間には昼間とは逆に両極から赤道に向かう流れが生じ,昼夜を通して平均すると南北の循環はほぼゼロであることがわかった。このことは,ハドレー循環の極向きの流れは雲頂より高いところにあり,赤道向きに戻ってくる流れは雲頂より低いところにあるために,その中間高度にあたる雲頂では南北の流れが弱いと解釈できる。 また,時間帯による平均風速の違いから熱潮汐波の構造が判明し,超回転の維持に働いていることが確かめられた。

こうして40年来の謎である夜間の風が判明したことで,大気循環の2大プロセスと言えるハド レー循環と超回転の理解が大きく進んだ。今回明らかにしたような,雲層の日射加熱に対する大気の力学応答は,中心星の近くをまわる太陽系外の惑星において超回転を引き起こすなど重要な役割を担うことも予想されており,今後の重要な研究テーマである。

本研究は,K. Fukuya et al. , Nature 595, 511 (2021) に掲載された。

(2021年7月22日プレスリリース)

理学部ニュース2021年11月号掲載

 

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