特別記事 コロナ禍における理学部・理学系研究科の教育

 

はじめに
川北 篤(教務委員長/生物科学専攻 教授)

理学系等の教育は,座学の講義に加えて,実験や実習を通して実際のモノに触れながら学ぶ機会が重要な意味を持つ。また,授業を通して,学生同士,あるいは学生と教員の間の交流を生み出すことが,大学教育のもう一つの大きな役割である。コロナ禍以降,大学の活動はさまざまな制限を余儀なくされたが,感染拡大のリスクに十分注意しながら,従来と変わらない学習内容を確保し,人同士の対面の機会が失われないよう,理学部・理学系研究科ではさまざまな対応をしてきた。

理学部・理学系研究科では,2020年度は座学の講義をすべて原則オンラインで実施し,実地でしか行えない実験や実習を,2020年の夏以降,感染防止への細心の注意を払いながら対面で行っている。4年生以降の所属研究室での研究活動も,必要な対策を講じた上で対面で行われており,全ての学年でキャンパス内での活動の機会が確保されている。今年度からは一部学科・専攻の座学の講義にも対面が取り入れられているほか,成績評価にあたり公平性が求められる試験も対面で行われている。

コロナ禍における取り組みと一口に言っても,求められる対応は分野ごと,授業内容ごとにさまざまである。各学科の教務担当の先生,各授業担当の先生のご尽力により,コロナ禍においても従来と変わらない学習内容が確保されており,また学生のみなさんもこの状況を理解し,協力的に授業に参加してくれている。本特別記事では,コロナ禍における各学科・専攻の具体的な取り組みを紹介する。

 

数学科 
山本 昌宏(数学科 教授)

数学科では,講義はおおむねオンラインで行われた。数学科のカリキュラムは,いうまでもなく実験や実習のウェイトが低く,通常時でも教室での座学が大部分だが,理論の講義であっても対面でしか伝えられないエッセンスが多々あることもたしかである。そのために行われた対面の講義である平地健吾教授担当の複素解析学I, IIについて紹介する。これは1年間の講義である。 講義は大学院数理科学研究科のビデオスタッフに録画してもらいYouTubeで同日配信した。講義ノートも配布し,演習は学生が黒板発表し,添削後の解答を画像で配信し,オンライン参加の学生にはファイルでの解答の添削も行った。聴講学生は同級生に会えるのが大変楽しそうであった。感染対策を十分にたて,結果的に問題はなかった。

  複素解析学の演習風景:大学院数理科学研究科大講義室にて(講義の際はビデオカメラを後方に設置)

数学科では,もともとビデオアーカイブ構築のために海外の著名な訪問研究者の講義,セミナー,ビデオインタビューをかなりの頻度でこなしており,そのための常勤のビデオスタッフがいることが講義動画の作成のために大きな助けとなっている。また,計算機演習については対面ではなく,オンデマンド形式で行い,講義動画等のUTokyo OCWでの公開について準備中である。

数学に限らないと思うが,世界の有名大学による講義の録画・配信という商品化の流れを受けて,このような動きが加速化するものと考えている。


情報科学科
 
佐藤 一誠(情報科学科 准教授)

  ハードウェア実験の説明

情報科学科では,オンライン授業を中心として 対面授業とのハイブリッドも合わせて様々な工夫をしてきた。ここでは,いくつかの例を紹介する。

「データ構造とアルゴリズム」では,オンライン講義に最適な無限に縦スクロール可能なホワイトボー ドInkLectureというソフトを担当教員自ら開発し,板書の授業をオンライン上で実現した。ペンタッチで手書き入力でき,無限に縦スクロールできるため仮想的に黒板を消さずに板書を続けるような授業が可能である。講義が終わって,プログラムを終了するとデスクトップに板書のコピーが保存されるため,そのまま板書を学生に配布することができる。

座学だけではなく,計算機を実際に手にとって扱う実習実験は教育に欠かせない。2020年度の「ハードウエア実験」は完全にオンライン化して実施した。実施にあたっては,必要な機材を個人ごとに新たに整備して自宅に配送し,学科から個人ごとに配布しているPCを担当教員とTAがリモート制御することで,具体的な操作を伴って質問対応や成果物の評価を行い,ビジネスチャットによる仮想教室によって個人ごとの質疑内容を教室内で共有し,対面講義で の状況を可能な限り再現するように努めた。

情報科学科の名物実験の1つプロセッサ実験 (通称CPU実験)では,実験に用いるFPGAボード(利用者が回路構成を変更可能なデバイス) を各班に配布し,自宅でも開発できるようにした。毎週の進捗報告会は対面とオンラインのハイブリッド形式とし,通常より多い4つの講義室を用いて密を避けるように努めた。


物理学科/物理学専攻

小形 正男(物理学科 教授)

物理学科および物理学専攻の講義は例年他学科・他専攻の学生の聴講も多く,多人数の講義となるので現状ではオンラインとなっている。コロナ禍が沈静化したのちにはなるべく早く対面授業を再開したい。講義以外では,学部3年生「物理学実験Ⅰ・Ⅱ」,「物理学ゼミナール」,学部4年生特別実験Ⅰ・Ⅱ,理論演習Ⅰ・Ⅱ(卒業研究に相当)」は少人数であり,感染症対策を 施した上,対面で実施している。

  「エレクトロニクス」の実験室。 実験機器を各自1セット準備するとともに,机間の距離を開けるレイアウト変更を行った

たとえばSセメスターの「物理学実験I」では,例年より1テーマ少ない4テーマ ( 各テーマ6−7 名, 3日程度) を対面で実施した。自宅でオンライン講義を受講した後にキャンパスへ移動する学 生がいることを考慮して,実験開始時間を通常より1時間繰り下げ,14時からとした。また,年度始めの実験説明会や,データ解析など実験の一部,レポート提出と試問をオンラインで行うなど,キャンパス内での滞在時間を短縮することとし た。実施の際には,東京大学の健康管理システムを利用した入構管理を行うとともに,手指消毒・ 換気等の基本的な感染症対策を励行した。実験室では,実験機器やディスプレイ等を拡充し,例年は2−3人1組で取り組む実験やデータ処理を各自で実施するなど,「密」な状況を避ける工夫を施した。学生は上手に密を避けながらも,活発に議論しながら実験を行っていた。Aセメスターの 「物理学実験II」では,13テーマの中から各学生に4テーマ (各テーマ3−5 日) の実験を割り当て, 同様の配慮のもとで,実施する予定である。

またオンライン講義をキャンパス内で聴講した後に,対面の実験等に参加できるように,複数の学生控室を設けた。広い部屋で密にならないように指導しながら運用している。

天文学科/天文学専攻
藤井 通子(天文学科 准教授)/左近 樹(天文学科 助教) 

  基礎天文学実験において アナログ電子回路実験を実施する計測機器と実験室1041の様子

基礎天文学実験では,大学に来なければ使えない備品や測定機器を利用する。そのため,緊急事態宣言下での行動指針や大学の行動制 限レベルを遵守した上で,「絶対にクラスターを作らないこと」を最優先事項として,授業形態を設計した。まず,開講期間を通年に変更し,大学の行動制限レベルB以下のタイミングで実験を行えるようにした。環境整備においては,これまで使用していた学生実験室1室を2室に拡張した。さらに,集団での実習は避け,各学生が好きな時間に部屋と実験設備の予約を行い,入退出時刻,健康状態の管理が過去に遡ってできるようにした。また,使用した機材の消毒作業も徹底した。 機器操作のためにどうしてもペアでの実施が必要な光学実験については,従来は室内に狭い簡易暗室を設置してその中で実施していたが,安全を確保した上で,窓やドアに遮光カーテンを設置し実験室全体を暗室として,対人距離を確保したまま実施できるようにした。その上で,実習の過程で生じた疑問について随時メールでの対応を行うほか,週に1回Zoomで,自身で考えても解決できない部分を共有したり,実施の上で 不便な点を把握したり,学生間でのコミュニケーションを誘発したりする機会を約3ヶ月間設けた。結果としては,レポートの提出率は100%で,近年の中でも特に優れたレポートもあ った。不自由な環境の中で方針に同意し一生懸命実習に取り組んでくれた学生に感謝と敬意を表し たい。

またオンライン講義をキャンパス内で聴講した後に,対面の実験等に参加できるように,複数の学生控室を設けた。広い部屋で密にならないように指導しながら運用している。

注:大学の行動制限レベルBは現在の基準であり,当時はレベル1

 

化学科/化学専攻
小澤 岳昌(化学科 教授) 

  上:アクリル板で仕切られた測定室
下:卓上フード前での実験の様子

化学科では,学部3年生の講義と学生実験を対面で行っている。物質の性質や現象の理解に正面から取り組むことを目的として,月曜日から金曜日までの午後の時間(3限,4限)を全て必修科目の実験実習としている。実習では化学実験の基礎となるスキルを修得するため,座学ではカバーできない単元が数多くある。そのため,対面による実習を原則として,バックアップとなるビデオ教材を活用しつつコロナウィルス感染症対策を行っている。具体的には,Sセメスターでは3密を避けるために実験室内の学生数を全体のおよそ2/3とし,残り1/3は実験動画の視聴および別室でのディスカッション・レポート作成としてきた。学生実験の動画は単元毎に作成し,学生に感染者が出た時のバックアップ対応としても活用できるよう撮影を進めている。また狭い部屋で並列で行う測定や,教員と学生とのディスカッションは,アクリル板を活用し十分な換気を行うことで飛沫感染を防いでいる。さらに実験中は白衣,保護メガネに加えて,マスクと手袋の常時着用を義務づけている。学部3年生の午前の講義は,理学部1号館東棟の大講義室を利用することで学生間のスペースを十分に確保し,窓と扉を開放して十分な換気のもと対面講義を行っている。また,化学本館3階の講義室にはハイブリッド講義のためのシステムを新たに導入した。学生はオンライン上で,講義室にいるような感覚で板書やスクリーンを教員の映像とともに視聴することが可能となっている。今後は,ハイブリッド講義室も積極的に活用する予定である。

地球惑星物理学科・地球惑星環境学科/地球惑星科学専攻
杉田 精司(地球惑星物理学科/地球惑星環境学科 教授) 

  丹沢での野外調査を行う学生たち。本調査には,卒業生の皆さまの寄付支援をいただいた

この2学科と1専攻の教育は,同じ建物で実施される上に共通科目もあるので,3者が連携して統一的なコロナ禍対応を行った。講義はオンラインで行いながらも,教育上屋外での調査や観測が不可欠なため,野外実習は感染防止対策を講じつつ対面で実施した。実験,実習(計算機演習を含む),理論演習は,下記のように感染状況と授業内容を勘案して,対面,ハイブリッド,オンラインを取り混ぜて実施した。

地球惑星物理学科:昨年度の計算機実習は,仮想マシン環境を即座に整備し,最低限の遅滞で全内容をオンラインで実施した。今年度は,計算機室の収容人数の1/3を上限として希望する学生が登校するハイブリッド形式で実施した。理論演習は,昨年はオンラインで実施し,今年は大教室に希望する学生が登校する対面形式とオンライン形式を併用した。実験授業は実験課題によってオンラインと対面を使い分けると共に,ビデオ教材の作成によって教育効果の向上を図った。

地球惑星環境学科:屋内実習は,大講義室に器具等を移して間隔を取り対面形式で実施した。昨年度には,理学部で最も早期に対面実習を開始した。 また,国内野外実習は一部メニューを縮小しながらも全科目を終えることができた。今年度は遅滞なしで全実習を対面形式で開 始した。海外野外調査は未実施だが,国内の代替調査を検討している。

地球惑星科学専攻:学位論文のための研究は,院生居室や実験室が密にならないよう入構時間率などを用いて管理しつつ,指導教員がオンラインと対面を適切に組み合わせて研究を実 施する形を取った。

生物化学科・生物学科・生物情報学科/生物科学専攻
國友 博文(生物化学科 准教授)/種子田 春彦(生物学科 准教授)/程 久美子(生物情報学科 准教授) 

  図学生実習の様子。顕微鏡下の実験操作を
モニターに配信して離れた場所から観察

生命科学の学びと研究には,最新の知見を取り入れた講義とともに,生きた実験材料に 触れる実習や実験が欠かせない。各学科および専攻の講義のほとんどはオンラインで行われている。一方,生物試料や実験機器を必要とする学生実習は対面で実施され,教育効果を上げるとともに学生同士の交流を促している。マスクの着用や検温はもちろん,密を回避するため2グループに分かれて並行して行う(実習室を別途準備),または交代制で実験するなどの感染防止策がとられている。実習時間の短縮が必要な単元は実験手順や内容の効率化が図られた。やむを得ず生じる待ち時間は実習に関する解説や課題に充てられている。生物化学科と生物情報科学科はSセメスターの学生実習を合同で実施しているが,情報解析部分については,演習室または自宅での受講が選択できる。学外に出向く必要がある生物学科の野外実習は参加者全員の抗原検査,原則として一人一部屋に宿泊,食事中も私語厳禁などの対策を講じて実施し,動植物に直接触れる機会が失われないようにしている。一方で,生物情報科学科の3年後期の情報系実習は,オンラインでほぼ通常とおりの内容で実施されている。3学科と専攻がおもに使用している理学部2号館と3号館の講義室は,オンライン授業や演習を受講できるように学生に開放されている。 また,研究室で手袋やマスクを着用する機会は従来から度々あったが,現在はそれが標準となった。 このほか,顕微鏡を使用する度に接眼レンズを消毒するなど,万全の感染防止策を講じて研究に取り組んでいる。

理学部教務委員会の協力のもと、コロナ禍における理学部・理学系研究科の教育の実態を紹介する企画である。いまの理学部の教育・ 研究の環境を広く知っていただくとともに,理学部を目指す学生のみなさんに伝える機会となれば幸いに思う(広報誌編集委員会)

 

 

 

 

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