特別記事 追悼 有馬朗人 東京大学名誉教授
有馬 朗人
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故・有馬 朗人先生 |
有馬先生を想う
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有馬先生のご逝去に接し,謹んでご冥福をお祈り申し上げます。先生と最後にお会いしたのは2020年の9月で,その時の有馬先生のお元気な様子が脳裏に焼き付いており,訃報に接したさいは,ただただ驚くばかりでした。
有馬先生と初めてお会いしたのは私が学部3年生になったばかりの1985年4月です。当時,有馬先生は理学部長を務められており,お忙しいさなか3年生向けの物理数学 (群論)の講義を担当されていました。先生の講義には独特の緊張感があったことをいまも鮮明に思い出します。その理由のひとつは,寝ている学生を探しては,「おーい,そこのきみ。せっかく講義にでているのだから,起きてないともったいないよ」と声をかけて起こすことにありました。ご自身が苦学生で、講義にでる時間をつくることが大変だったそうです。緊張感を生むもうひとつの理由は,講義内容とは直接関係のない,水素原子の束縛エネルギー,13.6eVを学生に答えさせることでした。「これは基本中の基本だから覚えておきなさい」 と。学生を教える立場になって先生の講義を振り返ると,若い学生への愛情に満ちた講義だった,と改めて実感します。
学部3年次に有馬先生と「対峙」したさいに,数字で物申す有馬先生流を教えていただいたこともありました。対峙の場面は理学部長と理学部学生自治会との学部長交渉です。すでに学園紛争の熱は冷め,交渉材料と言えば「シャワールームが欲しい」 など,大学生活を送る上での改善要求が中心でした。先生は「本当に欲しいのかね?」と声を張り上げ,「本気だったら定量的に必要性を示せ」と宿題を出され,こちらは出直しをくらうはめとなりました。
物理を愛し,若者を愛し,だからこそ日本の学術・科学技術の行く末を心配されていた有馬先生が鬼籍に入られたことは,日本にとって大きな損失です。これまでの多岐にわたる先生のご指導に敬意を表し,心よりお悔やみ申し上げます。
理学部ニュース2021年3月号掲載