三四郎が訪ねた理科大学

茅根 創(地球惑星科学専攻 教授)

漱石の「三四郎」に,九州から上京した東京帝国大学文科学生の三四郎が,理科大学(現在の理学部)講師の野々宮を訪ねる場面がある。弥生門から入った三四郎は,理科大学の建物の野々宮の研究室に行く。野々宮が「夜になって交通その他の活動が鈍くなるころに,この静かな暗い穴倉で,望遠鏡の中からあの目玉のようなものをのぞくのです。そうして光線の圧力を試験する。夏は比較的こらえやすいが,寒夜になると,たいへんしのぎにくい、外套を着て襟巻きをしても冷たくてやりきれない」と説明するのを,三四郎は「驚くとともに,光線にどんな圧力があって,その圧力がどんな役に立つんだか,まったく要領を得るに苦しんだ」のだった。

理科大學:写真帖「東京帝國大學」 明治33(1900)年版
(東京大学総合図書館所蔵)

「三四郎」は 1908年の作品で,理科大学は現在の理学部1号館と同じ場所にあった。写真は,現在の工学部2号館のあたりから撮られたものであろう。左手が弥生門になる。野々宮の実験室は地下で,写真では地面近くに明かりとりの小窓が並んでいるのが分かる。この建物は関東大震災で崩壊し,旧理学部1号館が1923年に竣工した。

漱石は,野々宮のモデル寺田寅彦に,海外でこんな実験があるときいて小説に取り入れた。寺田寅彦は「我が輩は猫である」でも,「ひたすらガラス球を磨る」水島寒月という理学士として登場する。野々宮の実験も,寒月の実験も,「三四郎」や「猫」の登場人物には,何の役に立つのかわからないことだらけであるが,漱石の眼差しは優しい。

理学部ニュース2021年3月号掲載



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