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理学部ニュース

47都道府県の遺伝的地域差

大橋 順(生物科学専攻 准教授)

渡部 裕介*(生物科学専攻 博士課程3年生)

一色 真理子*(生物科学専攻 博士課程3年生)

 

 


日本列島には3万年以上前からヒトが住んでおり,約1万6千年前から縄文時代が始まる。そして,弥生時代が始まる約3千年前に,それまで日本に住んでいた縄文人が,アジア大陸から渡ってきた渡来人と混血したと考えられている。現在の日本には,アイヌ人(おもに北海道に居住),琉球人(おもに沖縄県に居住),本土人が住んでいるが,最近のDNA研究により,縄文人と渡来人の混血集団の子孫が本土人であり,アイヌ人や琉球人は,本土人に比べて当時の混血の影響をあまり受けていないことが明らかとなった。DNA研究によって日本人集団の遺伝的背景について多くの知見がもたらされているが,都道府県レベルでの遺伝的な地域差についてはこれまでよくわかっていなかった。

個体間でゲノム配列の塩基が異なる位置はSNPとよばれる。遺伝的に類縁関係のある個体間ではSNPの対立遺伝子がより似ている傾向が強いことを利用し,個体間および地域間の遺伝的差異を評価することができる。われわれは,47都道府県に居住する日本人11000人の約14万か所のSNP遺伝子型データを分析し,本土人の間に遺伝的な地域差が存在するかを調べた。個人の遺伝子型データに対して,多変量解析手法の一つである主成分分析を行うと,沖縄県には,他の都道府県の人と遺伝的に明瞭に異なる人が多いことが確認された。本研究では 住所データのみを使用しており,各個体が属する民族集団については正確なことは分からないが,沖縄県居住者に琉球人が多く含まれていたためと思われる。つぎに,都道府県の遺伝的関係を調べるために,各都道府県から50人ずつ無作為に抽出して計算した対立遺伝子頻度の平均値データに対して主成分分析を行った。第一主成分の値に着目すると,沖縄県に最も近いのは鹿児島県であり,東北地方の青森県や岩手県も近かった。一方,近畿地方や四国地方の県は遠かった。第二主成分の値は,緯度もしくは経度と相関していた。他の統計解析結果も含めて考察すると,第一主成分は縄文人と大陸から来た渡来人との混血の程度の違い(沖縄県に近いほど縄文人に近い)を反映しており,第二主成分は地理的位置(近い都道府県どうしは遺伝的にも近い)を反映していると考えられる。

47都道府県を対象とする主成分分析結果(左)と沖縄県を除く46都道府県の第一主成分スコアの分布(右)。    

縄文人の骨から抽出したDNAを調べた研究などの成果を含め,現在の本土人は,縄文人に由来するゲノム成分を20%程度保有していると推定されている。言い換えれば,本土人のゲノム成分の80%程度は渡来人に由来する。大部分の渡来人は朝鮮半島経由で日本列島に到達したと思われるが、朝鮮半島から地理的に近い九州北部ではなく,近畿地方や四国地方に,より多くの割合の渡来人が流入したのかもしれない。本研究によって,47都道府県間の遺伝的な近縁関係が明らかとなった。しかし,大きな疑問が残っている。渡来人との混血時、8万人程度の縄文人が日本列島に住んでおり,その居住域は日本列島全域にわたっていた。海を渡ってきた渡来人が優勢になることなどあるのであろうか?日本人の集団史に興味は尽きない。

本研究成果は,Y. Watanabe*, M. Isshiki* et al ., Journal of Human Genetics (2020) (DOI:10.1038/s10038-020-00847-0)に掲載された。

* 共同第一著者。学年は研究当時のもの。

(2020年10月14日プレスリリース)

理学部ニュース2021年1月号掲載


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