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理学部ニュース

遺伝学とエピゲノム情報

角谷 徹仁(生物科学専攻 教授)

生物学に対して,皆さんはどんな印象をお持ちですか? おぼえることの多い暗記科目という印象を持たれる方もいるでしょうか。その生物学の中で,比較的シンプルなのは,遺伝学という分野です。遺伝学の基本は,染色体中にあるDNAの塩基配列の多様性(遺伝型)が,生物の形質の多様性(表現型)につながることです。塩基配列情報は細胞分裂時にコピーされ,継承されます。いっぽうで,染色体上の塩基配列情報以外の情報の重要性も最近明らかになってきつつあります。染色体上のタンパク質の違いやDNAのシトシン残基のメチル化の有無が遺伝子のON/OFF状態を決定し,これも細胞分裂後に継承されることが分かっています。全塩基配列情報が「ゲノム情報」とよばれるのに対して,染色体上のタンパク質の違いやDNAメチル化の全情報は「エピゲノム情報」 とよばれます。最近の技術の進歩で,全ゲノムの塩基配列情報が簡単に分かるようになってきていますが,これに加えて,全エピゲノム情報も調べられています。多種類のエピゲノム情報を解析するさまざまな技術が開発され,意外な事実が次々と見出される,とても活発で驚きの多い分野です。

         
図:DNAメチル化喪失に伴う変異誘発。左は正常なシロイヌナズナ。右の植物が発生異常を示しています。これはトランスポゾンとよばれる増殖性の配列が,ある遺伝子に飛びこんで遺伝子の機能を破壊したことによります。  

私は,シロイヌナズナという遺伝学のモデル植物を用いて,染色体上のDNAメチル化の役割と制御機構を調べています。DNAメチル化を制御する遺伝子の多くがヒトから植物にまで保存されており,哺乳類では難しい遺伝学研究がこの植物だと容易です。たとえば,DNAメチル化に必要な因子の働かない条件で,マウスは致死であることが多いですが,シロイヌナズナは生存可能です。ただし,さまざまな発生異常が生じます(図)。さらに,これらの発生異常を遺伝解析した結果,発生異常のいくつかは,遺伝子のON/OFFスイッチの撹乱であることが分かりました。また,いくつかの発生異常は,特定の配列がゲノムの中で増殖することが原因と分かりました。これらを踏まえて,現在は遺伝学とエピゲノム情報の解析とを組み合わせて研究を進めています。

遺伝学とゲノム情報とは相性が良くて,この組み合わせで研究が効率良く進みます。生物学科に進学してきた学生さんは生物に興味があるのですが,情報処理について尋ねると,未経験ということが多いです。しかし,研究を始めると,さすがに若い優秀な学生さんだけあって,どんどん上達して,ゲノム情報やエピゲノム情報を自由に扱えるようになることが多いです。

現在,生物学における大きな問題に対して,遺伝学のアプローチがとても有効に働いています。遺伝学と同様に,これからの生物学では情報処理の能力が有効になると思われます。駒場の学生さんで生物学科への進学を検討されている方々も情報処理の勉強を少ししておくと,たぶん色々な局面で役立つと思います。

理学部ニュース2019年7月号掲載



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