時間について
浅野 勝晃(宇宙線研究所 教授)

徒然なるままに時間について書いてみたい。全ての物理量は時間,長さ,エネルギーの3つの単位の組み合わせで表現できる。物理学という学問は物理量の時間発展を記述することが本質で,時間は空間とは異なる特別な概念として扱われている。
こう書くと,相対論や素粒子をやっている人から「光速度c=1という単位系を使うと,時間と空間を平等に扱えて美しいし,便利である」と言われ,毎度cを用いて論文の式を書いている私などが情けなく思える。
しかし,私はこの単位系が嫌いである。まず,上でc=1というのは何を言っているかと言うと,例えば長さの単位をcmとした時,光が1 cm進む際にかかる時間の長さを同じcmで表せば良いということである。光速度が不変で定数なのが肝である。
有名なE=mc2の式からわかるように,エネルギーと質量が同じ単位で表される。この派閥に属する人々は,さらにプランク定数hを2πで割ったħも1と定義する。これは自然単位系と呼ばれていて,この結果全ての物理量をエネルギーの単位だけで表すことができる。観測データを元に議論している我々としては,時間やエネルギーをごっちゃに扱うなど,不便極まりない。いずれにせよ,時間は明らかに空間とは違う。一方向にしか進まず,逆戻りはできない。物理学には因果律があり,これを幾何学だけに落とし込むことはできないのである。ある種の切なさを感じる,この時間という概念をちゃんと特別扱いして,独自の単位を与えることは,我々の愛情の現れなのである。
現在の国際単位系における,時間の単位1秒の定義は以下の通りである。原子量133のセシウム原子を励起させる電磁波は,1秒間に9192631770回振動する波である。この電磁波の振動回数を数えて,時間を刻んでいく。1ナノ秒(10−9秒)で約9回振動するわけである。この1秒の間に光が進む距離を29979245800 cmと定義することで,長さの単位も決まる。ここでは光速は完全に決まった値,定義値となっている。2018年にはエネルギー,あるいは質量の単位もプランク定数hを9桁の数字で表される定義値とすることで定められた。理論物理学者としては,ħの方を定義値として欲しかったが(円周率は無理数),致し方ない。このように見ていると,時間の定義だけ何だか人工的というか,セシウムかぁという感を免れない。重力定数Gを定義値とすることができれば,最も美しく時間の単位を定義できるのだが,残念ながら重力定数は測定精度が悪い物理定数で,基準とするには頼りない。
宇宙では,ナノ秒から100億年に渡る様々な時間スケールの天体現象が起きている。一つの天体を地上の電波望遠鏡と人工衛星のX線望遠鏡で同時観測することがある。ここで2つの望遠鏡の天体からの距離が100 m異なっていると,300ナノ秒ほど放射の到着時刻が違ってしまう。高い時刻精度を達成するためには,2つの望遠鏡の時計をきちんと合わせるだけではなく,90分で地球を一周してしまう人工衛星の位置,地球の自転や公転の影響,重力の違いによる時計の進みの違いなども考慮しなくてはならない。
銀河系外の巨大ブラックホールの連星から放たれる重力波,この時空のさざ波が銀河系内パルサーの周期的な電波パルスの到着時刻を数十ナノ秒変化させる。多数のパルサーを10年スケールで長期観測し,この微小な変化を確認することで,重力波を検出する試みが進んでいる。上記のような時刻補正を考えると,大変繊細な実験であることがわかる。一方で,人間の寿命を超えてくる百年,千年スケールの天体の変動を検出するのも困難である。これには最近報告された面白い事例がある。遠方の天体が重力レンズを受けて,複数の像に分かれて検出されている。それぞれの像で光がたどる経路が異なるので,我々は異なる時刻の同じ天体を同時に見ていることになる。こうした観測を用いて100年程度の長期変動も検出できるのである。時間について考えると,度々重力というキーワードが現れることを興味深く感じて頂ければ幸いである。
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