微生物と人との関係を深層学習とベイズで解く
西山 学(地球惑星科学専攻 客員共同研究員)、今村 剛(新領域創成科学研究科/地球惑星科学専攻兼務 教授)
人体には,多数の細菌が住み着いている。
腸内の細菌数は約100兆とも言われ,人体の細胞数約30~40兆個をはるかに超える。
そのような細菌をうまく制御できれば治せる病気もあるかもしれない。
しかし,細菌が人体に与える影響を解析することは一筋縄ではいかない。
細菌の種類は何千もある一方,それらが影響を与えうる人体の代謝物も数百種類あり,
それらの組み合わせからなる相互作用の数は膨大だからだ。どうやって解析する?
![]()
腸内細菌などの微生物は近年,健康に大きく関わることがわかってきた。微生物は代謝物と呼ばれる化学物質を生成し,これら代謝物は人体の免疫システム,代謝,脳機能などあらゆるものに影響を与える。微生物とその代謝物はきわめて多様であり,人体内のさまざまな代謝物とも複雑に相互作用する。従来,微生物が人体の代謝物に与える影響を予測したり,相互作用に関わる重要な細菌種を特定したりすることは困難だった。膨大な組み合わせの中から意味のあるものだけを拾うのは,ひじょうに難しいからである。これまでの解析手法では,不確実性を考えず,例えば「細菌Xは確実に代謝物Yに影響を与える」といった過信した結論を導き出してしまう。それが本当でないならば,その後の研究が無駄になるかもしれない。これらを解決するには高度な確率的な推論が必要になる。だが,それは計算時間も膨大になりがちで,短くおさえる工夫が必要となる。
本研究では,これらの問題を解決するために,変分ベイズマイクロバイオーム・マルチオミクス(VBayesMM)という新しい手法を開発した(図)。この手法は,情報を圧縮するタイプの深層学習と,得られた情報の確実性・不確実性を判断できるベイズ推論を組み合わせており,本当に重要な相互作用を絞り込むことができる。3つの特徴を持つ。第一に,独自の分布(スパイク・アンド・スラブ*1という)を組みこんだ深層学習を使うことで,人体の代謝物に影響を与えうる重要な微生物を,他の微生物に比べてメリハリをつけて特定できる。第二に,ベイズ推論を用いることで,データの不確実性を定量的にとらえ,それにより予測の不確実性を答えられるようになり,解析の信頼性が増す。第三に,変分推論*2という高速な計算方法を組み入れることで,実用的な時間での大規模解析が可能になる。このVBayesMMの予測性能を睡眠障害,肥満,がん研究のデータで検証した結果,全てのデータで従来の解析手法より精度が大幅に上回り,病気に関わる細菌群が特定できた。
腸内細菌などの微生物が人体に与える影響を明らかにする研究はまだ始まったばかりである。本研究により,微生物とヒトの代謝物との関係を見出し,病気と微生物との新たな関係とその背景にあるメカニズムを解明することを目指している。その際,大事なことの一つは,推論の不確実性を認め信頼度を伝えることである。それから得られる知見をもとに,健康や病気に関わる細菌を見つけ,個人ごとに制御したり(個別化医療や予防),薬を作ったり(創薬)できることが期待される。
本研究成果は、T. Dang et al., Briefings in Bioinformatics 26, bbaf300(2025) に掲載された。
微生物データからスパイク・アンド・スラブにより特徴選択し,エンコーダという情報圧縮部で潜在空間にマップし,デコーダという情報復元部で人体の代謝物量を予測する
*1:大量のデータの中から真に重要な要素だけを自動的に選び出す統計的手法*2: ベイズ推論での計算が困難な事後分布(データを得ることによって更新されたパラメータ値の確率分布)を,より単純な分布で近似する手法

