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理学部ニュース

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理学部ニュース2025年11月号掲載

学部生に伝える研究最前線>

気象衛星「ひまわり」で迫る金星の気候変動

西山 学(地球惑星科学専攻 客員共同研究員)、今村 剛(新領域創成科学研究科/地球惑星科学専攻兼務 教授)

 

地球とほぼ同じ大きさ・質量から「地球の兄弟星」とも形容される金星。
一方で,金星の大気環境は地球と大きく異なり,濃い二酸化炭素大気の温室効果による高温,
地表を隙間なくおおう硫酸の雲,大気の高速循環など特徴的な表情を見せ,惑星大気の普遍的な理解に欠かせない存在である。
「あかつき」などの金星探査機による観測により,その大気構造の理解は進みつつある一方,
その気候がどれほど安定しているのか,地球のように変動しているのかについては謎が多い。
本研究では,気象衛星「ひまわり」の画像に時々写り込む金星像を用いて,金星大気の温度構造の長期変動を明らかにし,金星の気候変動に迫った。

近年の金星探査機「あかつき」による観測により,金星の大気の理解が進みつつある。たとえば,金星大気は自転の約60倍もの速さで大気が西向きに循環する「スーパーローテーション」と呼ばれる現象がよく知られており,その維持機構には「熱潮汐波」と呼ばれる太陽光を雲層が吸収し加熱されることで励起される大気波動が関わっていることが解明されてきた。

一方で,「あかつき」による観測でも解明されていない点がある。それは金星大気の長期変動の機構である。スーパーローテーションの風速は数年のうちにおよそ30%もの変動があることが観測されているが,その原因は未だに謎に包まれている。その解明のためには,まず,風速と強く関連するはずの大気温度や,スーパーローテーションの要因のひとつである熱潮汐波の長期観測が必須である。しかし,探査機の寿命等により長期にわたる温度観測は難易度が高く,10年を超えるモニタリング観測はできていない。

そこで本研究では,探査機での観測を補完する長期金星観測として,日本の気象衛星「ひまわり」のデータに着目した。「ひまわり」の地球画像はよくニュースの天気予報コーナーなどで見かけるが,実はその撮像時には地球周囲の宇宙空間も同時に捉えられている。この宇宙空間には恒星や太陽系天体が時々写り込んでおり,金星も例に漏れない。写り込む金星のサイズはひじょうに小さく限られてしまうが,地球大気の影響を受けない観測を行うことができる。さらに,赤外波長帯だけでも9つもの多波長で観測でき,波長ごとに金星大気の透過性が異なるため,金星のさまざまな高度の温度情報を得ることができる。

今回私たちは「ひまわり」が赤外波長帯で撮像した金星データを解析し,金星の複数高度での温度のほぼ10年にわたる変化を検出することに成功した。その結果,この10年間にわたる大気温度や熱潮汐波などの惑星スケールの波動構造の変動や,それらの高度依存性が初めて明らかになった。これは金星の気候変動の理解に向けた一歩である。

このような気象衛星を応用した研究はこれから重要となってくる。「あかつき」の運用は残念ながら2025年9月をもって終了となってしまった。次世代の金星探査は計画されているものの,それまで金星には周回探査機が存在しない。気象衛星「ひまわり」はそれまでの間,金星大気をモニタリングできる宇宙望遠鏡として金星観測データを集め続ける。将来にわたって金星がどのような姿を見せてくれるのか,これから集まる観測データからも目が離せない。

本研究成果は,G. Nishiyama et al., Earth Planets Space 77, 91 (2025) に掲載された。

(2025年6月30日プレスリリース)

気象衛星「ひまわり」が撮影した画像に映り込む金星