地球科学と生命化学の意外な繋がり
平田 岳史(地殻化学実験施設 教授)
私の専門は分析化学(質量分析)で,分析感度・精度の向上に取り組みながら,これまでに10万個以上の岩石・鉱物の年代測定を行ってきた。地球科学の研究者からの分析要請は近年ますます厳しくなり,測定精度のさらなる向上にくわえ,年代測定レンジの拡大(古いものから新しいものまで)とビッグデータ化を見据えた年代分析の高速化が求められている。私はこうした分析支援を通じて地球進化の多様な横顔を垣間見ることができた。
年代測定では超微量の元素・同位体の検出が重要となる。最新の分析では,100億個に1個の割合の極僅かな同位体を正確に計測する必要がある。厳しい分析要請に応えることで飛躍的に進歩を遂げた質量分析技術は,別の研究分野でも開花した。それが生命化学研究である。
生体内にはさまざまな金属元素が存在し,それぞれが重要な生体機能を担っている。金属元素の生体内での役割を通じて,生体機能を明らかにしようとする研究はメタロミクス(metallomics)とよばれる。メタロミクス研究では,生体組織あるいは細胞中で,微量の金属元素がどのような存在形態なのか,さらには試料のどの部分に偏在するのかが重要となる。こうした背景から,われわれの研究グループでは金属元素と生体分子を同時にイメージング(可視化)する技術の開発に取り組んできた。私達の技術は,生体分子にくわえ,高い定量性を担保できる金属元素のイメージング情報を同時に取得できる点に特徴がある。このイメージング分析法の開発に際して,地球科学で培ってきた超高感度の分析技術が活用できた。
生命化学におけるイメージング分析では,標的分子の「定量性」が鍵となる。従来の質量イメージング分析手法では、励起エネルギーの高いプローブ粒子を用いており,その結果,生体分子が破壊(分子結合の開裂)される。私達は,MALDI注1で利用されるプロトン・金属付加反応注2を,ポストイオン化方式注3に応用することで,分子の破壊を低減するとともに感度と定量性の向上に成功した。図にマウス脳から得られた金属元素および生体分子のイメージング結果を示す。年代分析を目的に開発した分析手法を応用することで,従来の分析課題の一つが解決できた。これも専門外の研究者と共同研究することの重要性だといえる。
分析化学には研究のゴールはない。どこまでも分析性能を高めることができる。一方で共同研究は,分析化学研究において明確な到達目標・節目を明示するとともに,新たな開発動向を生み出すヒントも提示する。どんな専門分野であれ,特定の目標に突き進む先生方との共同研究は胸躍る楽しいものだ。分析化学を専門とする私にとって,共同研究はなくてはならない大切なものである。
「分析化学者は決して主役にはなれない。しかし名脇役として一生楽しむことができる。」
これは卒業研究のご指導をいただいた関根達也先生の言葉である。研究は答えを出すことが一つの目的ではあるが,一方で問題を提示することも理学研究の重要な役割である。提示された問題に対して他分野の研究者と自由な発想で議論しながら解決策を見つけるという「過程」も理学研究の醍醐味の一つではないだろうか。分析化学者は,研究の「過程」を間近で実感できる。その意味で現代の分析化学者は,もう脇役ではなく主役として楽しめる存在だと言える。
注1:matrix assisted laser desorption/ionization
注2:田中耕一博士のノーベル化学賞対象技術
注3:サンプリングと標的分子のイオン化を二段階に分けて行う手法。年代分析で培った技術
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| 生体内に存在するさまざまな金属元素の機能を理解するには,金属元素と生体分子を同時に分析する必要がある。私達は年代分析を目的に開発した質量分析法を用いて,金属元素と生体分子の同時イメージング分析に成功した | |||


