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理学部ニュース

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理学部ニュース2025年9月号掲載

学部生に伝える研究最前線>

抗血小板薬の効果を可視化

合田 圭介(化学専攻 教授)

 

抗血小板薬は心筋梗塞や狭心症などの治療に不可欠であるが,これまでその効果を個々の患者ごとに正確に可視化・定量評価する方法は存在しなかった。
本研究では,高速イメージングとAI画像解析を融合させることで,血液中を循環する血小板凝集塊をリアルタイムに可視化し,
抗血小板薬の効果を個別に評価する技術を確立した。

抗血小板薬は,血小板の働きを抑えることで血栓の形成を防ぎ,心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患に対する治療および予防において不可欠な薬剤である。しかし,これらの薬剤が個々の患者に対して生体内でどの程度有効に作用しているかを,直接かつ定量的に評価する方法は,これまで存在しなかった。本研究では,マイクロ流体チップと高速イメージング,さらにAI画像解析を融合することにより,血液中を循環する血小板凝集塊を定量的に可視化することに成功した。この技術により,抗血小板薬の効果を個別に評価できる可能性が拓かれた。

研究チームは,冠動脈疾患の患者207名および健常対照者から採取した全血を用い,マイクロ流体チップに通液しながら,1血液検体あたり2万5千枚以上の高速顕微鏡画像を取得した。その後,AIベースの画像解析を通じて,血小板凝集塊の大きさや数を検体ごとに定量評価した。

解析の結果,健常者と比べて,冠動脈疾患患者では血小板凝集塊の頻度が有意に高く,特に急性冠症候群の患者で顕著に増加していた。また,抗血小板薬の服用数が増加するに従って,循環中の血小板凝集塊の数が段階的に減少することが確認され,薬剤効果がリアルタイムで反映されていることが明らかとなった。これにより,患者ごとに異なる薬剤応答性を可視化・数値化する道が拓かれた。

さらに,動脈血と静脈血の双方において得られたデータに高い相関性が見られたことから,侵襲性の高い動脈採血に代わり,比較的低侵襲な静脈採血のみで,冠動脈疾患のリスク評価が高精度で行える可能性が示唆された。これにより,本手法は日常診療においても現実的な方法として活用される可能性が高い。今後は,得られた情報をもとにしたスクリーニング,個別化医療への応用,ならびに抗血小板薬の適正使用のための新しい指標としての実装が期待される。

本成果は,循環器疾患における診断・治療法の革新に大きく貢献するものである。さらに将来的には,血栓症全般や薬剤効果判定,あるいは個別化医療の発展にもつながる重要な技術基盤となり得る。本研究成果は,K. Hirose et al., Nat. Commun., 16, 4386 (2025)に掲載された。

(2025 年5月15日プレスリリース)

本研究の概念図