実用性に優れた量子コンピュータの新設計
小堀 拓生(物理学専攻 博士課程2年生)
藤堂 眞治(物理学専攻 教授)
量子の世界では情報をコピーすることができない。
この制約のため,量子コンピュータは設計の自由度が限られており,すべての演算をその場で完結させる形式が主流であった。
われわれは,量子データを「動かす」という発想に基づく新設計「ロードストア型誤り耐性量子コンピュータ」を提案。
メモリがデータを保持し,プロセッサが演算を担うという役割分担を導入し,必要に応じてデータをロード/ストアで移動させることで,
量子コンピュータのサイズを約40%削減しながら,計算時間の増加をわずか約3%に抑えることに成功した。
量子コンピュータは,従来の古典コンピュータでは実行に膨大な時間がかかるような問題を高速に解ける可能性を持つ次世代の計算機である。しかし,量子ビット(qubit)は非常に繊細でエラーが生じやすく,大規模な量子計算を行うには高度な量子誤り訂正符号と,それを支える多量の量子ビットが必要となる。
加えて,量子情報には「コピーができない」という根本的な制約がある。これは「クローン禁止定理」(※1)と呼ばれる。この制約のため,古典コンピュータのようなキャッシュやデータ複製に基づく柔軟な設計が量子コンピュータでは困難となっている。これまでの量子コンピュータでは,すべての量子演算を量子ビットが物理的に存在する場で行うような設計が主流であり,拡張性や汎用性など実用上の課題が多い。こうした課題を解決するために我々が提案したのが,「ロードストア型誤り耐性量子コンピュータ」である。
この新しい設計では,データを保持する「メモリ領域」と,量子演算を実行する「プロセッサ領域」とを明確に分離する。このような設計は実用性の高さから古典コンピュータにおいても主流となっている。演算前に必要なデータをメモリからプロセッサへとロードし,演算後,結果を再びメモリへストアする。このロード/ストアを量子状態のコピーではなく,情報を「動かす」ことで実現する。量子誤り訂正符号では,一つの論理量子ビットを多数の物理量子ビットの集まりで表現するが,その集まりをアメーバのように拡大・縮小させることで,量子情報を効率よく移動させることができるのである。
さらに,「ロードストア型」の提案に加え,量子計算においてもアクセスされるデータには「局所性」(※2)があることを実証した。この性質を利用し,量子状態の移動を管理することで,ロード/ストアの頻度を抑え,計算全体の効率を高めることができる。
シミュレーションによる評価では,従来の設計に比べて,量子コンピュータのサイズ,すなわち必要とされる量子ビット数を約40%削減することに成功しながら,計算時間の増加はわずか約3%という極めて実用的な成果が得られた。この成果は,ハードウェア面の負担軽減に加え,ソフトウェアの移植性や設計の柔軟性を大きく向上させるものである。
今後は量子ハードウェアの発展とともに,この設計がさまざまな量子アルゴリズムに応用され,量子コンピュータの実用化を大きく前進させると期待される。

本成果は,The 31st IEEE International Symposium on High-Performance Computer Architecture (HPCA2025)で発表された。
※1 クローン禁止定理:「任意の量子状態を複製するような量子操作は原理的に不可能」という量子計算における基本的な定理。
※2 (メモリアクセスの)局所性:計算を実行する際にデータのアクセスパターンに偏りが生じること。一度参照されたデータは短期間に再度アクセスされる傾向を指す時間的局所性,参照されたデータと物理的に近い場所に保持されたデータが参照される傾向を指す空間的局所性の2種類がある。