天文学と核融合科学の意外な繋がり
山口 弘悦(宇宙航空研究開発機構/物理学専攻兼任 教授)
冒頭からタイトルを全否定するようなことを言うと,天文学と核融合科学の繋がりは実は意外でも何でもない。なぜなら,私たちにとってもっとも身近な天体である太陽の中心では水素の核融合が起こっており,それを地上で再現してエネルギーを生み出すことを目指す学問が核融合科学だからだ。両者は元来,密接に繋がっている。しかし今回は,これとは全く異なる「繋がり」について紹介したい。
2023年9月7日,私たちが開発したX線天文観測衛星XRISM(くりずむ)が,JAXA種子島宇宙センターから打ち上げられた。XRISMの特長は,優れた分光性能,すなわちX線光子のエネルギー識 別能力である。一例として,XRISMが得た「はくちょう座X-3」のスペクトルを図に示す。この天体は,大質量の恒星とコンパクト星(ブラックホールもしくは中性子星)からなる連星である。コンパクト星の近傍からは強烈なX線が放たれ,光電効果によって周囲の物質が電離する。その結果,さまざまな価数のイオンが作られ,スペクトルに輝線や吸収線を描く。このスペクトルを詳しく調べることで,連星を取り巻くプラズマの密度や速度の分布がわかる。
速度を測るにはドップラー効果を用いる。原理は単純だ。しかしそのためには,観測された輝線や吸収線の,静止系でのエネルギーが既知でなければならない。実はこれが,思ったほど単純ではないのだ。検出されたイオン(Fe15+~24+)は,いわゆる多電子系原子であり,シュレディンガー方程式を解析的に解けない。そのため,それらの原子構造や遷移エネルギーは十分な精度ではわかっていない。また,観測された吸収線は,見るからに複雑な形状をしている。これは放射源のマクロな速度構造のせいだろうか?それともミクロな原子構造のせいだろうか?
私は,そうした疑問に答えるため,「実験室に宇宙を作る」研究をしている。やや大げさな言い方をしたが,要は天体観測で見つかったイオンを静止系である装置内に作る実験である。イオンによる光子の吸収や放出を観測することで,それらの遷移エネルギーや遷移確率を測定する。こういった分野は「実験室宇宙物理学」と呼ばれる。ゴールが天体観測データへの応用なので,必然的に鉄や酸素などの「宇宙に豊富に存在する元素」が主な測定対象となる。
ある研究会で上記の取り組みについて報告したところ,核融合分野の方から,「タングステンイオンも測れますか?」と質問をいただいた。タングステンは,融点が全金属中最も高く,熱膨張率も低いため,核融合炉の材料として使われるそうだ。それでも,数千万度を超える高温下にさらされるため,そ の一部は蒸発して核融合プラズマ中の不純物となる。この不純物による放射損失が,核融合プラズマのダイナミクスに影響を与えるため,タングステンイオンの実験データが,将来の核融合炉の設計に役立つと言うのだ。天文学というまるで人の役に立たない学問のために始めたこの実験が,核融合という人類の未来に直結する分野に貢献できることを知り,感動したものである。そして両者を繋いだのが原子物理という基礎科学であることも興味深い。もちろん,原子物理の応用先は,天文学と核融合科学だけではない。今,学部生の皆さんが学んでいる基礎科目は,無限の可能性へと繋がっている。このことを改めて認識いただければ幸いだ。ある研究会で上記の取り組みについて報告したところ,核融合分野の方から,「タングステンイオンも測れますか?」と質問をいただいた。タングステンは,融点が全金属中最も高く,熱膨張率も低いため,核融合炉の材料として使われるそうだ。それでも,数千万度を超える高温下にさらされるため,その一部は蒸発して核融合プラズマ中の不純物となる。この不純物による放射損失が,核融合プラズマのダイナミクスに影響を与えるため,タングステンイオンの実験データが,将来の核融合炉の設計に役立つと言うのだ。天文学というまるで人の役に立たない学問のために始めたこの実験が,核融合という人類の未来に直結する分野に貢献できることを知り,感動したものである。そして両者を繋いだのが原子物理という基礎科学であることも興味深い。もちろん,原子物理の応用先は,天文学と核融合科学だけではない。今,学部生の皆さんが学んでいる基礎科目は,無限の可能性へと繋がっている。このことを改めて認識いただければ幸いだ。
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(左)X線天文観測衛星XRISM によるX線連星「はくちょう座X-3」のスペクトル。右上に天体の想像図を示す(クレジット:NASA’s Goddard Space Flight Center)。(右)宇宙科学研究所が所有するプラズマ実験装置。大型放射光施設SPring-8 での実験中の様子。装置内に鉄のイオンを生成し、放射光との相互作用を調べた |