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理学部ニュース2024年11月号掲載

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ポケモンで見た夢:ゲノムと形態形成

川口 喬吾(知の物理学研究センター 准教授)

私は生物が好きで生命現象について研究している物理学者だが,昆虫少年だったり動物を長く飼っていたりした経験はない。生物に興味を持ったきっかけは本当の生き物ではなく,ポケモンであった。

子どものころ,白黒のゲームボーイでやるポケモンにハマっていた。当時読んでいた子供向けの科学雑誌の企画で,ゲーム内で育てたポケモンをセーブしたカートリッジを送付すると,そのポケモン同士を編集部で戦わせてくれ,もっとも強い読者を決めるというものがあった。ポケモンバトルの公式大会が開かれる前の話である。私は海外在住で応募できなかったが,結果を読んで驚いた。優勝したのは「きのこのほうし」や「ふぶき」といった技を使う,レベル100のポッポだったのだ。

ラボメンバーから東京に引っ越す際にプレゼントされたスズメの白骨標本(左)。我孫子市鳥の博物館にあるヤンバルクイナの白骨標本(右)。
鳥の背骨もヒトなどの哺乳類に似ていくつかの領域に分かれているが,分かれ方には多様性があり,その原理は未解明である

ポッポはゲーム序盤から出現する比較的弱いポケモンで,育てる過程で通常はより強いポケモンに進化させる。また,種によって覚えられる技は限られており,ポッポは「ふぶき」のような強力な技を覚えることはできない。このポッポは裏ワザにより作られており,おそらくミュウツーという強いポケモンを偽装し,さらにパラスとパラセクトというほんの一部のポケモンしか覚えられないはずの,相手を100%眠らせることのできる「きのこのほうし」という技を覚えられるように改変したものだった。

初代ポケモンでは,比較的単純な操作によりバッファオーバーフローを引き起こし,メモリの不正アクセスによりデータを書き換えるという裏ワザが横行しており,子どもたちの間でも口コミで広がっていた。ゲームの進行度合いやカートリッジのバージョン違いにより成功率は異なり,試行錯誤の末に思い通りのポケモンができた時の喜びは格別だった。

実在の生き物においても,分子生物学の進歩により,ある生物の遺伝子を別の生物に移植して光らせるような「裏ワザ」が可能になってきた。しかし,ヒトを改変してイルカのように泳げるようにしたり,ネズミに羽を生やしてコウモリのようにすることは,まだ不可能だ。身体の改変には倫理的な問題があり,また技術がないのももちろんであるが,それ以前に遺伝子のどこをどういじればそのような大きな変化を起こせるかが,そもそもわかっていない。生物の形態形成は非常に複雑で,局所的な変化は可能でも,ミュウツーをポッポにするような大規模な改変はまだまだ難しい。

どの遺伝子配列がどの形態に対応しているのかを,さまざまな生物種を比べることであぶりだすことはできないのか。最近私たちはこの問題に興味をもち,四肢動物の椎骨(背骨)の数のパターンに着目し,博物館の記録や標本から数百種の両生類,爬虫類,鳥類,哺乳類のデータを収集した。椎骨の数はわれわれ脊椎動物の体の設計図の基礎である。これとさまざまな種がどのように進化してきたかを示す系統樹や,遺伝子配列を合わせて解析し,進化の過程でどのような椎骨数ルールが出現したり消えたりしているのかを探索した。

その結果,興味深いパターンが見えてきた。哺乳類では頸椎(首の骨)が7つでほぼ固定されているが,その他の特定の領域の椎骨数が変化しても,複数領域の合計数が一定に保たれる傾向があった。また,鳥類では体の軸の前後の椎骨数がバランスする傾向が見つかった。これはこれまで知られていなかったパターンで,まるで飛行能力を持つポケモンに特有のステータス配分ルールを発見したかのようだった。

ゲームの中では裏ワザで実現できた生き物の改変は,現実の世界では想像以上に深遠な謎を秘めている。しかし,それこそが生命科学の醍醐味なのかもしれない。その複雑さに圧倒されながらも,一つずつ謎を解いていくことは楽しい。子どもの頃のように,今日も新しい発見を夢見ている。

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