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理学部ニュース

一石十鳥の重力波望遠鏡

道村 唯太(ビッグバン宇宙国際研究センター 准教授)

いいですよ,と気軽に記事を引き受けてしまったのだが,よく考えたら自分は「物理+物理から∞に物理学」をやっているだけだった。困った。あまり異分野融合っぽくない。とりあえず,もともとは別の目的に作られた実験装置を有効活用して,さまざまな実験をしているという話をしてみようと思う。

思えば学部生時代,せっかく行くのだから大学を有効活用しようと,毎日1限から6限まで時間割をみっちり埋め,時間外のゼミもできる限り履修した。ひねくれていたので友人は一人も作らなかったが講義は楽しく,大学は大好きだった。研究室に配属されてまともに人と話すようになってから,同期はもちろん,先輩から後輩まで,身近にもすごい人たちがいることを思い知らされた。それ以来,5分考えてわからなかったら人に聞く,できないことはやってもらう,というのをモットーに研究をしてきた。したがって,以下で紹介する研究の中に,一人で考えていて急にひらめいたようなものは一つもない。すべてが一人では到底できない,何年もかかるかもしれない共同研究で,だからそこやりがいのある研究である。

重力波は,ブラックホールや中性子星の合体などで生じる時空の歪みが波として伝播する現象である。歪みは非常に小さく,2015年に初検出された重力波は、アメリカのLIGO(ライゴ)と呼ばれる4 kmのレーザー干渉計の長さをわずかに10-18 m伸び縮みさせただけであった。初検出以来,重力波は続々と観測されており,人類がこれまで見たことのない宇宙の姿が明らかになってきている。

もともと重力波望遠鏡は重力波観測のために作られた装置であるが,こうした極限的な距離計測装置は,他にも様々な実験に転用することができる。例えば,宇宙に満ちている未知の物質であるダークマターの探索ができる。特に筆者らは,未知の力を与えて鏡を揺らすベクトル場や,レーザー光の偏光を変えるアクシオン場の探索を行っている。また,レーザー干渉計を用いて,LIGOや日本のKAGRA(かぐら)の数10 kgの鏡が量子エンタングルメント状態になるのか,空間の量子化から来るピクセルノイズが見えるのかといったことを検証することにより,量子重力理論に迫ることができる。KAGRAの鏡は冷やすために温度勾配があるので,そのような非平衡定常状態での熱振動がどうなるのか,というのも熱力学的に面白い実験である。

       
重力波望遠鏡のレーザー干渉計はあらゆる「波」を捉えることができる

上記の例はどれも,重力波観測と同時にできるので,重力波望遠鏡を一石二鳥以上に有効活用することができる例である。しかし自分の少ない経験上,「こんな良い装置があるんですけど何かに使えませんか?」と話を持ちかけてもまずうまく行かない。「こんなことしたいんだけど,なにか良い方法ない?」と言う人の話に耳を傾けるのが重要であると思っている。良い方法が重力波望遠鏡であるとは限らない。そして新しい共同研究は大抵,ちょっとした楽しい雑談から始まっている。自由な研究環境と遊び心のある研究仲間に感謝したい。

重力波を使った天文学・物理学だけでも相当面白いのに,装置自体もめちゃくちゃ面白いのが重力波研究の魅力である。みなさんも,重力波望遠鏡で遊んでみませんか?

ビッグバン宇宙国際研究センターでは,重力波天文学・物理学はもちろん,重力波望遠鏡で一石二鳥以上を狙おうという幅広い研究を行っています。また,筆者が参加する学術変革領域研究「ダークマターの正体は何か?-広大なディスカバリースペースの網羅的研究」には他にも,既存の最先端施設を有効活用しようと,本学理学系研究科からもさまざまなメンバーが参加しています。


理学部ニュース2024年7月号掲載

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