旅する研究者
佐久間 杏樹(地球惑星科学専攻 助教)
コロナウイルスの大流行によって世界中が閉鎖されてから4年以上が経過した現在,国境を通過する際の手続きもほぼ元通りになり,かつての日常が戻ってきたことを感じる。パンデミックが始まったころ,私は博士課程1年だったのだが,学生時代の私はバイト代をためて友人と旅行をするのが楽しみだったため,ロックダウンが起きた時は非常に恨めしく思ったものだ。私が学生だった10年程前は今よりも日本円の価値が高く,航空券代も安かったため,大学生のバイト代でもさまざまな場所に出かけることが出来た。アイスランドで夜の港からオーロラを見たり,タイでサイクリングしながら遺跡を見学したり,香港で食い倒れの旅をしたり,どれも私にとって楽しく懐かしい思い出だ。
人生で初めて見た氷河は圧巻だった
思い返せば,旅をして新しいものに出会う楽しみを最初に教えてくれたのは,子供のころの家族旅行だったと思う。夏休みに両親や祖父母が連れて行ってくれた旅先でのハイキングや博物館は,私に旅行という趣味を与えてくれただけではなく,さらに,地球科学の研究者になるきっかけも与えてくれた。魅力的な山の景色や,博物館で眺めた化石や鉱物などは,私に地質学の道を選ばせた一因であったのは間違いない。ちなみに,進振りで大多数が工学部に進学する理科1類から理学部に進もうと思っていると伝えた時には両親には想定外だったそうで,地球科学の道へ歩ませるために連れて行ってくれたわけではなかったようである。何が子供の心に残るのかを予想することは難しいようで,私が言うのもなんだが,教育とは難しいものだ。
現在の私は地球史について堆積学・地球化学的な手法を用いて研究をしている。具体的には,フィールドに出て堆積物の構造や種類,特徴などを記載し,試料を持ち帰って実験室で分析をすることで,過去の地球表層の環境の変化を調べている。実際の地球上の物質を研究の対象としているため,必ずしも単純な物理や化学モデルで表せるわけではなく,分析で得られる結果が予想していなかったものであることも多々ある。そういった結果について検証・考察し,新しいことが分かったときは,見たことがないものを旅先で見つけたときに通じる喜びがある。きっとその瞬間が好きで私は研究をしているのだろう。駆け出しの研究者である私には,この先30年以上研究に費やすことが出来る時間が残っている。研究を続けていく上では計画通りにいかず焦ったり躓いたりすることもあるかもしれないが,これからも楽しいと思う瞬間を大切にしながら地道に研究に励んでいきたいと思う。
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