2019年に本学の地球惑星科学専攻で修士課程を修了した後,日本放送協会(NHK)に入局し,テレビ番組のディレクターとして働いています。
幼いころに連れて行ってもらった「恐竜展」がきっかけで,何億年も前の生き物の形が化石として残っていること,人類が化石と向き合って進化の謎を解き明かそうとしていることにロマンを感じ,いつか自分も古生物学者になってすごい発見がしたいと思っていました。大学院では,ベトナムで見つかった古第三紀のワニ化石の記載研究を行いました。
念願かなって取り組めた化石の研究はおもしろかったのですが,自分が「新たな発見をし,その第一報告者になる」仕事,つまり研究者には向いていないかもしれないとも思うようになりました。一方で,人と話すことがもともと好きだったこともあり,「研究者が成し遂げた新発見について知り,それを他の人に伝える」仕事のほうが,自分の強みを活かせることに気づきました。
科学技術インタープリター養成プログラム(全学の大学院副専攻)に参加したことも,メディア業界を志望するきっかけのひとつでした。サイエンスコミュニケーションは,単なる知識の普及啓発ではなく,社会が科学・技術に対して抱く疑問や意見を受け止めたり,科学・技術が社会に与える影響について問題提起したりすることが求められます。これは研究者にも必要なマインドですが,すべて研究者が自ら発信するのは現実的ではないので,研究者を支える役割をジャーナリズムの分野で担いたいと考えました。
理学部1号館で撮影中の様子。カメラマンと音声マンに,番組のねらいや,何をどういうふうに撮りたいかを伝えていきます
NHKに入局してからは,教育や福祉などいろんなジャンルの番組を作り,これを執筆している現在は,本学の教員に協力していただきながら古生物をテーマに『サイエンスZERO』という科学番組を制作中です。やはりディレクターとしての仕事のいちばんの醍醐味は,「この話おもしろいな,誰かに伝えたいな」という思いがそのまま仕事になることです。若手であっても自主性が尊重され,自分の興味を掘り下げ,いろんな人に会って話を聞き,取材した内容を映像で表現させてもらえます。番組は公共の電波にのって放送され,少なくとも数万人の視聴者が見ます。「科学と社会をつなぐ」仕事の中では,かなり間接的なものかもしれませんが(常に科学番組を作れるわけでもないですし…),そのぶんリーチできる層も広いと考えています。
取材も研究と同じように,ある事象に対して「知りたい,突き詰めたい」と思う気持ちが原動力となっています。どんな番組であっても,いろんな取材源から多面的に情報を得て,それを俯瞰して全体像をつかんだり,新たな視点を見出したりすることが求められます。大学院で研究に打ち込んだ経験が,(間接的にも直接的にも)確実に活きていると感じます。「科学が好き」という気持ちをアカデミア以外でどのように活かしていけるのか,読者のみなさんがキャリアを考えるうえで少しでも参考になれば嬉しいです。