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理学部ニュース

エルニーニョ現象に絡む相互作用

東塚 知己
(地球惑星科学専攻 准教授)

この冬は,全国的に暖冬傾向が続いているが,その原因の1つとされているのが,日本からは遠く離れた太平洋熱帯域で発生するエルニーニョ現象である。エルニーニョ現象は,下の図のように南米沖の海面水温が平年よりも暖かくなる現象のことで,世界各地に異常気象をもたらすことが知られている。この現象を前もって正確に予測することができれば,異常気象の影響を軽減することも可能である。しかし,この現象のメカニズムが十分に理解されていないことや予測に用いられている気候モデルでエルニーニョ現象がうまく再現できていない部分があることから,予測精度にはまだ課題が残っている。現在も全世界でさまざまな研究が進められており,私もこの現象の謎を解き明かしたいと考えている。エルニーニョ現象の成長には,大気と海洋の相互作用が重要であることが古くから知られているが,実は,重要な役割を果たしている相互作用が他にも存在することがわかってきた。

1つは乱流との相互作用である。海洋中には,乱流が存在しており,海水の上下方向の混合に重要な役割を果たしている。海は,日射によって暖められているため,一般的には,海面付近が最も暖かく,水深が深くなるにつれて,冷たくなっていく。乱流は,海面付近の暖かい海水とその下にある冷たい海水を混ぜるため,海面付近を冷やす効果がある。この乱流による冷却効果が,エルニーニョ現象に伴い,どのように変わり,エルニーニョ現象の成長にどのように効くのかを海洋のシミュレーションによって調べたところ,この冷却効果の弱化が,エルニーニョ現象の成長に最も効いていることが初めて明らかになった。せいぜい数cmというごく小さな乱流が,数千キロメートルの広がりを持つエルニーニョ現象の成長に重要な役割を果たしているという点が面白いが,この乱流の生成・変動機構やそのシミュレーションにおける再現については,今後のさらなる研究が待たれる。


エルニーニョ現象のピーク時における海面水温の平年からのずれ。暖色系は平年よりも暖かい海域,寒色系は平年よりも冷たい海域を表す

もう1つ最近,注目を集めつつあるのが,海洋生態系との相互作用である。特に,エルニーニョ現象の発生海域では,湧昇流により深い場所からの栄養分の供給が豊富であるため,表層付近の植物プランクトンの濃度が高いことが知られている。しかし,エルニーニョ現象が発生すると,その湧昇流が弱まり,栄養分の供給が抑えられるため,植物プランクトンも減少する。すると,海がより「透明」になり,表層付近で吸収される日射が減少するため,平年に比べて表層付近をあまり暖めないことになる。つまり,エルニーニョ現象を減衰させる役割を果たすことになる。このような植物プランクトンからエルニーニョ現象への負のフィードバックは,海洋生態系のシミュレーションの結果の解析からも定量的に明らかになった。乱流よりもさらに小さく,大きくてもせいぜい1–2 mmの植物プランクトンが,エルニーニョ現象に影響を与えるという点で興味深いが,海洋生態系との相互作用は,かなり複雑であり,さらなる研究が必要である。

 

理学部ニュース2024年3月号掲載

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