2010年に理学部数学科を卒業後,大学院数理科学研究科で博士課程を修了し,現在は東京工業大学で教育・研究に携わっている。
私の進路選択の原点は,中学校時代に数の性質の証明に感じた魅力である。数学では一度証明されれば主張が覆ることはない。また,証明の方針は一般に一つではなく,証明には書き手の考え方が表れる。これらの数学の証明や数に感じた魅力から,大学では数学を,とくに整数論を専攻したいと考えるようになった。そして,理学部数学科に進学後,4年次には整数論を専攻した。
整数論の専攻後,中学校時代に感じた整数の素因数分解への興味から,代数的整数論における分岐理論に興味をもち,大学院では分岐理論を専門とされていた斎藤毅先生の研究室に入って分岐理論について研究することにした。代数的整数論における分岐理論は,大雑把にいうと,整数と似た性質をもつ代数的整数と呼ばれる数に対して因数分解の性質を研究する学問である。ここで現れる不変量は素数を点と見る代数幾何学においては局所的な不変量であり,大域対局所という幾何学の問題において活躍する。そこで感じた,因数分解という中学校時代に魅力を感じた数の性質が代数幾何学における大域的な性質まで決めているという驚きが,現在も分岐理論を研究するモチベーションである。
進路選択に関して,大学の数学科で最先端の数学の研究に触れてみたいという思いは中学校時代に抱いたものだが,大学への就職を考えたのはずっと後のことである。大学時代は数学への魅力を感じさせてくれた中学校時代の恩師や高校時代の恩師への尊敬もあり,大学院での5年間で数学の研究をやりきった後,地元である茨城県の県立高校の教員になりたいと考えていた。大学へ就職することを考えたのは修士課程を修了する頃で,数学の研究の壮大さから大学院で数学の研究をやり切ることの難しさを感じたことや,小学校時代の友人が大学で教員を育てる教員になるのもいいと言ってくれたことが大きい。学位取得後に研究と就職活動の両立に悩んだポスドク時代を乗り切れたのは,斎藤毅先生(数理・教授)をはじめ支えてくれた周りの方々や教員として採用してくれた埼玉大学の方々のおかげと,大学で働くことを通して将来の学生の力になりたいという思いにも支えられたおかげである。
代数的数整数からなる集合 OKにおける素数 pが代数的整数からなる少し大きな集合OLでq1e1 q2e2⋯qrerと因数分解する様子を幾何的に表した図。各点qiでは ei本の曲線が交わっており,Spec OK,Spec OLはそれぞれ OK,OLの素数の集合を表している
大学では,教育・研究に加え,大学や学部・学科およびそこで開催されるイベントの運営,中学校や高校での出張講義,学会活動などさまざまな業務に関わってきた。多様な業務の中で,数学の世界を広げることに貢献できること,数学を通して直接・間接的に学生や社会とつながれることが大学教員の仕事の魅力であると感じている。
近年,機械学習の台頭などにより,理学部出身者の社会での需要は年々増しているように感じている。理学への興味からどのような形で社会と交わる進路を選択するのか,ここに書いたことが読者の皆さんの参考になれば幸いである。