磁気圏に対する地球大気の影響力は想定以上?
桂華 邦裕(地球惑星科学専攻 助教)
笠原 慧(地球惑星科学専攻 准教授)
地球周辺宇宙空間に広がる磁気圏(地球磁場が支配しプラズマで満たされた空間)は,
太陽からのプラズマ風(太陽風)との結合・相互作用により,電磁場とプラズマがダイナミックに変動している。
その磁気圏を満たすプラズマはどこから来たのか?
これまで,この起源のほとんどは太陽風と考えられてきたが,太陽活動度が高く磁気嵐が発生する時は,
地球大気プラズマが磁気圏を満たしていることが今回の研究で明らかになった。
太陽風と惑星磁場の相互作用に加え,惑星大気の宇宙空間への流出や惑星システムにおける
惑星磁場の役割の解明に繋がることが期待される。
地球大気層の最上部(宇宙空間と接する領域)には,電離圏と呼ばれる地球大気とプラズマ(原子や電子が電離して電気を帯びた状態)が共存する領域が存在し,さらに高層には磁気圏と呼ばれるプラズマが支配的な領域がある(図の紫色域)。磁気圏は,地球の磁場が太陽から吹き続けるプラズマの高速風(太陽風)を遮っている領域,つまり地球磁場が支配的な宇宙空間であり,地球半径の10倍以遠まで広がっている。磁気圏は一方で太陽と反対方向の夜側(図の右側)では太陽風を完全に遮ることはできないため,磁気圏内では地球大気プラズマと太陽風プラズマが共存している(図では前者を緑色および水色,後者を橙色で示している)。
異なる起源をもつプラズマの共存形態と,それに関連する物理プロセス(太陽風の磁気圏への流入,地球大気プラズマの磁気圏への流出など)は未解決問題の一つとして長年研究されてきた。磁気圏は太陽風と電磁気的に結合しており,磁気圏プラズマの時間空間変動(ダイナミクス)では太陽風との相互作用が支配的である。そして,磁気圏プラズマの大半が太陽風に由来し,太陽の活動度が高く磁気嵐が発生する時のみ地球大気プラズマ,特に1価の酸素イオンが増加すると理解されていた。これに反して,今回の研究では,正確なイオン種分別観測と複数の人工衛星ミッションの国際協調観測により,磁気嵐発生中は酸素イオンだけでなく水素イオンも含め大部分が地球大気プラズマであることを明らかにした。
水素イオンは太陽風中でも地球大気中でも1価(H+)なので起源を区別することができない。一方で,より重い原子は,太陽風プラズマでは多価イオン(He++,O6+など),地球大気プラズマでは少価イオン(He+,O+,O++など)なので,起源を区別することができる。本研究では,あらせ衛星に搭載されているLEP-i, MEP-i粒子計測器を筆頭とする質量分析装置による観測からHe+とHe++(図中ではアルファ粒子と表記)を正確に分別し,前者を地球大気プラズマ,後者を太陽風プラズマのトレーサーとして扱うことを可能とした。また,太陽風や磁気圏の広域を単一の人工衛星で常時観測することは困難だが,複数の人工衛星(図参照)で同時に協調観測することで,磁気嵐開始前から終了後までの数日間にわたり,磁気圏プラズマの起源が時々刻々と変化していく様子を明確に捉えることに成功した。
本研究は,地球磁気圏のプラズマダイナミクス,より具体的には,地球大気プラズマの宇宙空間への流出や磁気圏システム内での循環についての従来の見方を大きく変えた。また,地球以外の惑星でも発生している太陽風との電磁気的な結合・相互作用や惑星・衛星大気プラズマの影響の普遍性,多様性を明らかにする手がかりになると期待される。
本研究は,L. Kistler et al., Nature Communications, 14, 6143(2023)に掲載された。